マテリアリティ

マテリアリティとは、企業・組織が財務報告やサステナビリティ開示において、ステークホルダーの意思決定に重大な影響を与えると判断した重要課題・重要情報を指す概念である。近年は、企業価値への影響を重視する「財務的マテリアリティ」と、企業活動が社会・環境に与える影響を重視する「インパクト・マテリアリティ」の双方を評価する「ダブル・マテリアリティ」の考え方が国際的に広がっている。

企業が毎年公開する統合報告書やサステナビリティレポートに「マテリアリティ」という言葉が頻出するようになって久しい。

しかし、この概念は単なるESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス)開示のトレンドではない。

投資家・規制当局・顧客・従業員といった多様なステークホルダーが企業に何を期待するかを構造化し、経営戦略と社会課題を接続する根幹的なフレームワークである。

コンサルタントが企業変革や開示支援に携わる際にも、マテリアリティの特定プロセスは論点設計の起点となる。

その意味・種類・設定プロセス・実務応用を正確に理解しておくことは、現代のビジネスパーソンにとって不可欠な知識基盤となっている。

マテリアリティとは

マテリアリティ(Materiality)の語源は、ラテン語の「materia(物質・重要な素材)」に由来し、英語では「重要性」「重大性」を意味する。

会計・監査の世界では「ある情報の欠落または誤りが、利用者の経済的意思決定に影響を及ぼすかどうか」の判断基準として長く使われてきた概念である。

その後、2000年代以降のサステナビリティ経営の台頭とともに、マテリアリティの意味は大きく拡張された。現在は以下の二軸で定義されることが多い。

  • 財務的マテリアリティ(Financial Materiality):企業の財務状況・業績・キャッシュフローに重大な影響を与える情報。投資家の意思決定に直接関わる。
  • インパクト・マテリアリティ(Impact Materiality):企業の活動が環境・社会に与えるインパクト、あるいは環境・社会の変化が企業に与えるリスク・機会。GRIやESRSが採用する概念。

欧州のCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive:企業サステナビリティ報告指令)が採用する「ダブル・マテリアリティ(Double Materiality)」の概念では、この二軸を同時に評価することが求められる。

つまり企業は「外から自社への影響(財務的観点)」と「自社から外への影響(インパクト観点)」の双方を特定し、開示する必要があるとされている。

監査の文脈では、マテリアリティは「監査人が誤りや虚偽記載を許容できる限界値」としても機能する。

財務諸表監査では、マテリアリティは監査人の専門的判断によって設定される。

実務上は税引前利益や売上高、純資産など一定の財務指標に対する割合を参考にするケースが多いが、統一された数値基準が存在するわけではない。

マテリアリティの種類と主要基準

マテリアリティを特定・開示する際に参照される国際的な基準・フレームワークは複数存在する。以下に主要3基準を整理する。

基準・フレームワーク 運営主体 マテリアリティの定義軸 主な用途
GRIスタンダード GRI(Global Reporting Initiative:グローバル・レポーティング・イニシアティブ) インパクト・マテリアリティ(社会・環境への影響) サステナビリティレポート
ISSBスタンダード(IFRS S1・S2) ISSB(International Sustainability Standards Board:国際サステナビリティ基準審議会) 財務的マテリアリティ(投資家視点) 投資家向け開示・統合報告
SASBスタンダード SASB(Sustainability Accounting Standards Board:サステナビリティ会計基準審議会)※現ISSBに統合 業種別財務的マテリアリティ 業種特性に応じたESG開示
ESRS(欧州サステナビリティ報告基準) EFRAG(欧州財務報告諮問グループ) ダブル・マテリアリティ(財務+インパクト) CSRDに基づく法定開示(EU域内企業)

なお、かつてはIIRC(International Integrated Reporting Council:国際統合報告評議会)が独自のマテリアリティ定義を持っていたが、2021年6月にIIRCとSASBが合併してVRF(Value Reporting Foundation)が設立され、2022年8月にVRFはIFRS財団(傘下のISSBが運営主体)に統合された。

IIRCの国際統合報告<IR>フレームワークは現在IFRS財団の傘下で維持されており、ISSBのサステナビリティ開示基準(IFRS S1・S2)との整合が進められている。

マテリアリティ特定の具体例・ミニケース

オムロン株式会社の事例

電子部品・ヘルスケア機器の製造販売を行うオムロンは、「事業を通じて社会価値を創出し、社会の発展に貢献し続けること」を企業の存在意義として掲げ、以下5つのマテリアリティを公開している。

  • 事業を通じた社会的課題の解決
  • ソーシャルニーズ創造力の最大化
  • 価値創造にチャレンジする多様な人財づくり
  • 脱炭素・環境負荷低減の実現
  • バリューチェーンにおける人権の尊重

この特定プロセスでは、社会課題の重要性(社会・環境へのインパクト)と自社の優先度(事業への影響度)の二軸でマトリクスを作成し、両方で高スコアとなった課題をマテリアリティとして選定している。

KDDI株式会社の事例

KDDIは「豊かなコミュニケーション社会の発展に貢献する」という企業理念のもと、以下6つのマテリアリティを設定している。

  • 安全で強靭な情報通信社会の構築
  • 情報セキュリティの確保とプライバシーの保護
  • ICTを通じた心豊かな暮らしの実現
  • 多様な人財の育成と働きがいのある労働環境の実現
  • 人権尊重と公正な事業活動の推進
  • エネルギー効率の向上と資源循環の達成

KDDIの特徴は、通信インフラ事業者として「強靭なネットワーク維持」を最上位の社会的責務として位置づけながら、グループ全体のバリューチェーンを通じた人権・環境課題も明示している点にある。

マテリアリティ特定プロセスの標準フロー

一般的なマテリアリティ特定は以下のステップで進む。

ステップ 内容 主なインプット
① 課題候補の洗い出し 業界動向・国際基準・社会課題を網羅的にリストアップ GRIトピックス、SDGs、業界団体レポート
② ステークホルダー調査 投資家・顧客・従業員・地域社会の関心度を評価 アンケート・ESG評価機関スコア・対話記録
③ 事業インパクト評価 各課題が事業財務・リスク・機会に与える影響度を評価 財務シミュレーション、リスク台帳
④ マトリクス作成・優先順位付け 「社会的重要性」×「事業への影響度」でプロット マテリアリティマトリクス(バブルチャート)
⑤ 経営・取締役会承認 特定結果を経営層・取締役会でバリデーション 取締役会議事録、サステナビリティ委員会
⑥ 開示・モニタリング 統合報告書・サステナビリティレポートで公開。定期見直し KPI設定、進捗報告

類似概念との違い――KPI・ESG・重要性との比較

マテリアリティは「重要な課題」を指すため、関連概念と混同されやすい。以下に整理する。

概念 定義・役割 マテリアリティとの関係
マテリアリティ ステークホルダーの意思決定に影響する重要課題の特定・優先順位付け ——
KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標) 戦略目標の達成度を数値で測る指標 マテリアリティを特定した後に、各課題に紐づくKPIを設定する
ESG 環境・社会・ガバナンスの3軸で企業を評価する投資・経営の枠組み ESGの各軸に紐づく課題の中から、自社にとって重要なものを選定する作業がマテリアリティ特定
重要性(Significance) 一般的な「大切さ・影響の大きさ」を表す概念 マテリアリティはステークホルダーへの影響という特定文脈での重要性を指す(より狭義・専門的)
リスク管理(Risk Management) 事業上のリスクを識別・評価・対応する経営プロセス マテリアリティ特定はリスク管理の一部と重複するが、機会(Opportunity)側も含む点で異なる

コンサルティング業務での位置づけ

論点設計(イシュー出し)

コンサルタントがクライアントの経営課題を整理する際、マテリアリティは「最も優先すべき論点は何か」を絞り込む起点として機能する。

業界・規制・ステークホルダー構造を踏まえたマテリアリティマトリクスを描くことで、「議論すべき課題の全体像」と「優先度の高い課題」を同時に可視化できる。

特に統合報告支援やサステナビリティ戦略策定のプロジェクトでは、マテリアリティ特定がプロジェクト全体の方向性を規定するため、初期フェーズの論点設計において欠かせない作業となる。

現状分析(As-Is整理)

マテリアリティ特定のためには、業界トレンド・競合他社の開示内容・ESG評価機関のスコア・社内のリスク台帳など、膨大な情報を整理する必要がある。

コンサルタントはこの現状分析を通じて「自社が対処すべき課題の優先マップ」を作成する。

ベンチマーキングによって競合他社との比較を行うことも重要であり、開示の充実度・KPI設定の精度・取締役会の関与度などをAs-Isとして整理する。

施策設計(To-Be)

マテリアリティが特定された後、それぞれの課題に対応する施策・目標値・KPIをTo-Beとして設計する。

例えば「脱炭素」をマテリアリティとして特定した場合、Scope1〜3(温室効果ガス排出の分類区分)の削減目標、再生可能エネルギー転換比率、サプライチェーン調査の対象範囲といった具体的施策に落とし込む作業がコンサルタントの中心業務となる。

施策の実現可能性と財務インパクトの両面から優先順位を付けることが求められる。

資料作成(スライド構造)

マテリアリティ関連の報告資料では、「マテリアリティマトリクス(重要課題を縦軸=社会への影響度、横軸=事業への影響度で配置したバブルチャート)」を中核スライドとして配置することが多い。

その後に各マテリアリティの定義・背景・KPI・進捗・リスクと機会を続けるという構成が標準的である。

取締役会・投資家向けのIR(Investor Relations:投資家向け広報)資料と統合報告書向け資料では、強調すべき情報の軸(財務インパクト vs. 社会インパクト)が異なるため、目的に合わせてスライド設計を切り替える必要がある。

導入メリットと注意点

導入メリット

  • 経営資源の集中:無数の社会課題から優先度の高いものを絞り込むことで、限られたリソースを重要課題へ集中投下できる。
  • ステークホルダー信頼の向上:特定プロセスを開示することで、投資家・顧客・従業員に対する透明性と信頼性が高まる。
  • ESG評価機関スコアへの貢献:適切なマテリアリティ開示はMSCI・Sustainalytics等のESG評価機関による評価の重要な要素の一つであり、情報開示の透明性向上につながる。
  • 規制対応の効率化:EUのCSRD・日本の有価証券報告書でのサステナビリティ情報開示義務化に対し、マテリアリティを軸とした開示体制の整備が効率的な対応策となる。
  • 事業機会の発見:社会課題を経営課題として捉え直すことで、新たなビジネスモデル・製品・サービスの開発機会が見えやすくなる。

注意点・失敗パターン

  • 「見せかけマテリアリティ」の罠:実態のないKPIや、事業戦略と紐づかない課題を列挙するだけでは、ステークホルダーの信頼を損なう。マテリアリティは戦略と一貫していなければならない。
  • 更新サイクルの形骸化:事業環境・規制・ステークホルダーの期待は変化するため、マテリアリティは定期的に見直すことが望まれる。一度設定したら終わりという運用では、実態と乖離したマテリアリティになりやすい。
  • ステークホルダーエンゲージメントの不足:内部だけで課題を選定すると、外部視点が欠落し、投資家や市民社会の関心と乖離したマテリアリティになりやすい。
  • ダブル・マテリアリティへの対応漏れ:日本企業はESG開示において財務的マテリアリティ(投資家への影響)のみを重視する傾向があったが、EU規制の影響がグローバルサプライチェーンに波及する中、インパクト・マテリアリティ(社会・環境への影響)の評価も不可欠になっている。

コンサル採用面接で問われる理由

コンサルタント採用の面接でマテリアリティという用語そのものが直接問われることは多くない。

しかし、この概念の背景にある考え方——「膨大な課題の中から、ステークホルダーへの影響度と事業への影響度という二軸で優先順位を付ける」という思考構造——は、ケース面接における論点絞り込みの論理と親和性が高い。

例えば、ケース面接で「ある企業のESG戦略を立案せよ」という問いが与えられた場合、マテリアリティ特定のプロセス(課題の洗い出し→評価軸の設定→優先順位付け→施策設計)を内面化した思考は、解答の構造に説得力と奥行きを与える。

また、近年のコンサルティングファームでは、サステナビリティコンサルティングや統合報告支援のプロジェクトが増加している。

こうした業務の文脈でマテリアリティの概念と主要フレームワーク(GRI・ISSB・ESRSの違い等)の骨格をおさえておくことは、入社後の実務においても自然な知識基盤となる。

FAQ

Q1. マテリアリティとは何か、簡単に説明してほしい。

マテリアリティとは、企業・組織が多数の社会課題や情報の中から「ステークホルダーの意思決定に重大な影響を与える」と判断した重要課題・重要情報を指す概念である。

財務会計では「誤りがあれば投資家の判断を左右する情報」を意味し、サステナビリティの文脈では「環境・社会への自社インパクトまたは外部環境が自社財務に与える影響」を指す。

企業は両軸で重要課題を特定し、統合報告書やサステナビリティレポートで開示することが求められている。

特定された課題は経営戦略と連動させ、KPIを設定して進捗を管理する運用が国際的な標準とされている。

Q2. 財務的マテリアリティとインパクト・マテリアリティの違いは何か?

財務的マテリアリティは「外部の環境・社会的要因が、自社の財務状況や業績に重大な影響を与えるか」という視点で課題を評価する。

投資家が企業価値を判断するための情報開示に用いられ、ISSBスタンダード(IFRS S1・S2)やSASBスタンダードが代表的な基準である。

一方、インパクト・マテリアリティは「自社の活動が環境・社会に与える影響の大きさ」という視点で課題を評価する。GRIスタンダードがこの軸を中心に設計されている。

EUのCSRDが採用する「ダブル・マテリアリティ」は両軸を同時に評価することを求めており、グローバルに展開する企業はいずれの観点も無視できない状況になっている。

Q3. マテリアリティの特定プロセスはどのように進めるか?

マテリアリティ特定の標準的なプロセスは6つのステップで構成される。

まず①業界動向・国際基準・競合他社の開示内容をもとに課題候補を網羅的に洗い出す。

次に②投資家・顧客・従業員・地域社会など各ステークホルダーの関心度をアンケートや対話記録で調査する。

③では各課題が事業財務・リスク・機会に与える影響度を評価し、④縦軸を「社会的重要性(インパクト)」・横軸を「事業への影響度」としたマテリアリティマトリクスにプロットして優先順位を付ける。

⑤経営層・取締役会で特定結果を承認し、⑥統合報告書等で開示してKPIを設定し継続的にモニタリングする体制を整える。

事業環境や規制、ステークホルダーの期待の変化に応じて定期的に見直すことが望まれる。

Q4. コンサルティング実務においてマテリアリティはどのように活用されるか?

コンサルティング実務では、マテリアリティは主に3種類のプロジェクトで活用される。

第一に「統合報告書・サステナビリティレポート策定支援」では、マテリアリティ特定プロセス全体をクライアントとともに設計・実施するため、GRI・ISSB・ESRSの各基準への対応が中心業務となる。

第二に「サステナビリティ戦略策定」では、特定したマテリアリティを経営戦略・中期計画と接続し、KPIとロードマップを設計する。

第三に「ESG評価対応・IR支援」では、MSCI・Sustainalytics等の評価機関スコア改善に向けて、開示の充実度と情報品質を高める作業を支援する。

いずれのプロジェクトでも、財務モデルとの接続(気候リスクのシナリオ分析等)が求められる場面が増えており、定量的な分析スキルも不可欠となっている。

Q5. マテリアリティに関してよくある誤解は何か?

最も多い誤解は「マテリアリティは単なるCSR活動のリスト」という認識である。

マテリアリティは社会課題をリストアップして開示するだけのものではなく、事業戦略・リスク管理・資本配分と連動した経営判断の根拠として機能するものである。

また「一度設定すれば変更不要」という誤解も根強いが、社会環境や規制の変化に合わせて定期的に見直さなければ形骸化する。

さらに「財務情報だけがマテリアルである」という旧来の認識も現在は通用しない。

気候変動・人権リスク・情報セキュリティなど非財務情報のマテリアリティが、企業の信用・評価に直接影響する時代となっている。

Q6. 日本企業のマテリアリティ開示の現状と課題は何か?

日本では金融庁が2023年1月31日に内閣府令を改正・施行し、2023年3月期決算以降の有価証券報告書にサステナビリティ情報の記載欄が新設された。

企業はガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標などを開示する必要があり、その過程で重要なサステナビリティ課題(マテリアリティ)の特定や管理の考え方を説明する企業が増えている。

しかし課題も多い。第一に、ダブル・マテリアリティへの対応が遅れている企業が多く、財務的マテリアリティの開示に比してインパクト・マテリアリティの評価・開示が不十分なケースが目立つ。

第二に、マテリアリティと経営戦略・中期計画の連動が形式的にとどまり、具体的なKPIや施策ロードマップが伴っていない開示が散見される。

第三に、ステークホルダーエンゲージメントのプロセスが社内会議にとどまり、外部の投資家・NGO等との実質的な対話が十分でないことも多い。

国際基準への対応を実質的に進めるには、こうした構造的課題の解消が急務である。

まとめ(実務整理)

マテリアリティは、企業が膨大な社会課題の中から「ステークホルダーの意思決定に重大な影響を与える課題」を特定・優先順位付けし、経営戦略・開示・KPI管理と連動させるための基幹概念である。

財務会計の用語として出発したこの概念は、ESG経営の進展とともにサステナビリティ・インパクトの軸を加え、現在では財務的マテリアリティとインパクト・マテリアリティの双方を評価する「ダブル・マテリアリティ」が国際的な潮流となっている。

コンサルティングの観点では、マテリアリティ特定プロセスは論点設計・現状分析・施策設計・資料作成のすべてのフェーズに関わる構造的な作業であり、統合報告支援やサステナビリティ戦略プロジェクトでは特に重要な位置を占める。

GRI・ISSB・ESRSといった主要基準の違いと、それぞれが重視するマテリアリティ軸の差異を理解しておくことは、実務上の知識基盤として参考になる。

採用面接との関係でいえば、マテリアリティという用語の暗記よりも、「多数の課題を二軸で評価して優先順位を付ける」という思考の骨格を身につけておくことが、論理展開の質を高めるうえで役立つ。

概要と基本的な特定プロセスをおさえておけば、十分な知識基盤となる。

出典

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