リバースイノベーション
先進国で開発した製品を新興国向けに改良する、という従来の発想だけで、今後もグローバル市場で勝ち続けられるのか。この問いに一石を投じたのが、リバースイノベーションという考え方である。
新興国市場は人口規模や経済成長率の高さから、多国籍企業にとって重要な成長機会となっている一方、先進国基準の高機能・高価格な製品では現地のニーズに応えられない場面も多い。新興国発のイノベーションを先進国市場に逆流させるという発想は、グローバル戦略やイノベーション戦略を検討するコンサルティング業務においても、重要な論点の一つとして扱われている。
リバースイノベーションとは
リバースイノベーション(Reverse Innovation)という呼称は、英語のReverse(逆、逆転させる)とInnovation(革新、新しい価値を生み出す取り組み)を組み合わせた表現であり、新興国から先進国へと技術や製品が逆流する構図を指す。
この用語は、2009年にゼネラル・エレクトリック(General Electric:GE、米国の複合企業)の当時の最高経営責任者(CEO)であったジェフリー・イメルト氏と、ダートマス大学タック・スクール・オブ・ビジネスのビジャイ・ゴビンダラジャン教授、クリス・トリンブル教授が、ハーバード・ビジネス・レビュー(Harvard Business Review:HBR、ハーバード・ビジネス・スクールの関連法人であるハーバード・ビジネス・パブリッシングが発行する経営誌)に共同執筆した論文「How GE Is Disrupting Itself」で用いたことをきっかけに広く知られるようになったとされる。その後、ゴビンダラジャン氏とトリンブル氏は2012年に著書『Reverse Innovation: Create Far From Home, Win Everywhere』を刊行し、この考え方を体系化した。
従来の多国籍企業では、先進国本国で開発した製品を、現地の事情に合わせて調整しながら新興国へ展開するグローカリゼーション(Glocalization:Globalization(グローバル化)とLocalization(現地化)を組み合わせた造語で、製品を現地仕様に合わせて調整しながら世界展開する戦略)というアプローチが広く用いられてきた。
これに対しリバースイノベーションは、新興国の限られた予算・インフラ・購買力といった制約条件の中で開発された製品やサービスを、そのまま、あるいは改良を加えたうえで先進国市場に展開するという、従来とは逆方向の流れを前提とする点に特徴がある。
従来型の戦略とリバースイノベーションの構造
| 戦略類型 | 製品開発の起点 | 展開の方向 | 主な目的 |
|---|---|---|---|
| グローカリゼーション | 先進国本国 | 先進国から新興国へ(現地仕様への調整) | 既存製品の現地適応による新興国市場開拓 |
| リバースイノベーション | 新興国現地 | 新興国から先進国・他の新興国へ | 新興国発の制約解決型イノベーションを先進国でも展開 |
| フルーガルイノベーション(Frugal Innovation:限られた資源・コストの中で、顧客にとって重要な機能・価値に焦点を絞った製品・サービスを生み出す考え方) | 新興国・資源制約下 | 先進国への展開は必須ではない(結果的に展開される場合もある) | 限られた資源・コストの中で、顧客にとって重要な機能・価値を提供する |
具体例|GEヘルスケアの携帯型心電計
具体例として、GEヘルスケア(GE Healthcare:事例当時はGE傘下の医療機器部門であり、2023年にGEから独立した公開会社「GE HealthCare Technologies Inc.」となった)が開発した携帯型心電図測定装置「MAC 400」が挙げられる。同社はインドの地方診療所向けに、従来の据置型心電計と比べて大幅に低価格かつ携帯可能な心電計を、現地のエンジニアチームが中心となって開発した。
この製品で培われた技術や設計思想は、その後の製品開発にも生かされ、改良された製品が先進国市場にも展開された。GEの事例は、リバースイノベーションを説明する代表例として、2009年のハーバード・ビジネス・レビュー誌の論文でも紹介されている。
このように、リバースイノベーションは単に安価な製品を先進国に輸出することではなく、新興国特有のニーズや制約条件(インフラの未整備、購買力の低さ、専門人材の不足等)を起点に生まれた製品・サービスや発想を、先進国市場にも展開する点に特徴がある。
グローカリゼーション・フルーガルイノベーションとの違い
リバースイノベーションと混同されやすいのが、グローカリゼーションと、新興国市場向けの低コスト開発手法であるフルーガルイノベーション(Frugal Innovation)である。いずれも新興国市場を意識した戦略・手法である点で共通するが、製品開発の起点と、先進国市場への展開を前提とするかどうかが異なる。
| 概念 | 製品開発の起点 | 先進国への展開 | 主な目的 |
|---|---|---|---|
| リバースイノベーション | 新興国 | 前提とする | 新興国発の制約解決型イノベーションによる新市場創出 |
| グローカリゼーション | 先進国 | 前提としない(先進国発製品の現地調整が中心) | 既存製品の現地適応による新興国市場開拓 |
| フルーガルイノベーション | 新興国・資源制約下 | 前提としない(結果的に評価される場合はある) | 限られた資源・コストの中で、顧客にとって重要な機能・価値を提供する |
| 破壊的イノベーション(Disruptive Innovation:既存製品より性能は劣るが、低価格・簡便さ等の新たな価値基準で市場を置き換えるイノベーション) | 特定の市場セグメント(新興国とは限らない) | 前提としない | 既存の主流市場を新しい価値基準で置き換える |
リバースイノベーションは、新興国を単なる既存製品の販売先としてではなく、イノベーションの発信地として位置づける点で、グローカリゼーションと明確に異なる。また、フルーガルイノベーションが資源制約下での価値提供を主眼とするのに対し、リバースイノベーションは新興国発の発想を先進国市場へ展開することを前提とする点に違いがある。
コンサルティング業務での位置づけ
リバースイノベーションは、グローバル戦略やイノベーション戦略を扱うコンサルティングプロジェクトにおいて、検討対象の一つとなることがある。
論点設計(イシュー出し)
論点設計の段階では、「新興国市場をどのように位置づけるか」「既存製品の現地化と、新興国発の新規開発のどちらを軸とするか」といった論点を切り分けることが出発点となる。対象企業が新興国市場に本格参入する段階なのか、既に一定の事業基盤を持つ段階なのかによって、検討すべき論点の粒度は大きく変わる。
現状分析(As-Is整理)
現状分析では、対象企業の新興国拠点における研究開発体制や権限委譲の状況、現地チームの意思決定の自由度などを整理する。本国主導の製品開発体制がどこまで新興国発のイノベーションを許容できるかを可視化することも、この段階の重要な作業である。
施策設計(To-Be)
施策設計では、新興国拠点への研究開発機能の一部移管や、現地専任チームの設置、先進国への逆輸入を前提とした製品ロードマップの策定など、対象に応じた具体的な施策を検討する。本社と新興国拠点の間で生じうる摩擦をどう調整するかも、この段階で検討される典型的な論点である。
資料作成(スライド構造)
資料作成では、従来型のグローカリゼーションとリバースイノベーションの流れを対比した図表、フルーガルイノベーション等の類似概念との比較表、想定される新興国拠点の組織体制イメージなどを、目的に応じた形式で整理し、経営層への提言につなげる。
導入メリットと注意点
メリット
- 新興国市場の制約条件を前提に開発することで、先進国では発想しにくい低コスト・シンプルな製品・サービスを生み出せる
- 新興国発の製品が先進国の新たな顧客層(価格に敏感な層や、簡便さを重視する層等)を開拓するきっかけになり得る
- 新興国拠点への権限委譲を通じて、現地市場への対応力やスピードを高められる
注意点
- 本社が主導する既存の製品開発体制と摩擦が生じやすく、新興国拠点への十分な権限委譲が実現しないと機能しにくい
- 新興国発の製品を先進国市場にそのまま展開しても、品質基準や規制、顧客の期待水準の違いから受け入れられない場合があり、先進国向けにどの程度改良を加えるかの見極めが必要になる
- 本社中心の意思決定が強い場合、新興国拠点が現地ニーズを起点に独自の製品開発を進めにくくなる可能性がある
- 短期的な収益貢献が見えにくく、経営層の継続的なコミットメントが必要になる場合がある
コンサル採用面接で問われる理由
面接官がリバースイノベーションという用語そのものを直接掘り下げて質問する場面は多くない。むしろ、グローバル戦略や新興国事業をテーマにしたケース面接において、新興国市場を単なる販売先ではなく発想の起点として捉える視点が、解答の骨格に自然と表れるという位置づけである。
ケース面接との接点としては、新興国進出や海外展開を題材にした設問で、「先進国発の製品をどう現地化するか」という発想だけでなく、「新興国発の発想を先進国にどう還元できるか」という視点を示せるかどうかが、論点の網羅性に影響する。一方向の展開だけでなく、双方向の流れを想定できると、解答の視野の広さが伝わりやすい。
思考法としての位置づけでは、制約条件を前提に一から設計し直すという発想が、新興国戦略に限らず、既存事業の見直しや新規事業開発といった論点整理にも応用できる。このような分野横断の視点を持っておくと、ケースの論点を広く捉える際の参考になる。用語の詳細を覚えることよりも、発想の起点をどこに置くかという考え方の骨格をおさえておけば、十分な知識基盤になるといえる。
FAQ
Q1. リバースイノベーションとは何か。
リバースイノベーションとは、新興国・発展途上国などで生まれたイノベーションを起点に、先進国市場へ製品・サービスやその発想を展開していく考え方である。
2009年、GEの当時のCEOであったジェフリー・イメルト氏とダートマス大学のビジャイ・ゴビンダラジャン教授、クリス・トリンブル教授が、ハーバード・ビジネス・レビュー誌の論文「How GE Is Disrupting Itself」で用いたことを契機に広く知られるようになり、2012年の著書『Reverse Innovation』を通じて体系化された。先進国発の製品を新興国向けに調整する従来型のグローカリゼーションとは逆方向の発想である点が特徴である。
Q2. グローカリゼーションとの違いは何か。
リバースイノベーションとグローカリゼーションの最大の違いは、製品開発の起点にある。グローカリゼーションは先進国本国で開発した製品を、新興国向けに現地仕様へ調整しながら展開する戦略であるのに対し、リバースイノベーションは新興国での開発を起点とし、そこで生まれた製品やサービスを先進国市場に逆流させる。
グローカリゼーションが既存製品の延長線上にあるのに対し、リバースイノベーションは新興国特有の制約条件を前提に一から設計し直す点で、発想の出発点が異なる。
Q3. リバースイノベーションはどのような体制で実践されるのか。
リバースイノベーションを進める際には、新興国拠点に一定の研究開発機能と意思決定権を持たせることが重要になる。本社の既存の製品ラインや評価基準に縛られない開発体制を設け、現地の顧客ニーズや制約条件を起点に製品を設計する手法が用いられる。GEの事例では、現地エンジニアチームが本国の高機能モデルとは異なる設計思想で製品を開発し、成功した製品を段階的に他の新興国や先進国市場へ展開するというアプローチが取られている。
Q4. コンサルティングの現場ではどのように活用されるのか。
コンサルティングの現場では、グローバル戦略やイノベーション戦略の立案プロジェクトにおいて、リバースイノベーションは検討対象の一つとなることがある。具体的には、新興国拠点の権限委譲の在り方や、本社と現地拠点の間の意思決定プロセスの設計、グローカリゼーションやフルーガルイノベーションとの比較を踏まえた戦略オプションの整理などが挙げられる。新興国市場への参入を検討する企業向けのプロジェクトでは、現地発のイノベーションを先進国に還元する仕組みづくりを支援する役割を担うこともある。
Q5. リバースイノベーションに関するよくある誤解は何か。
よくある誤解の一つが、リバースイノベーションとは単に新興国で作った安価な製品を先進国に輸出することだという理解である。実際には、新興国発のイノベーションの流れを先進国へと逆転させる点、すなわち従来の先進国から新興国へという一方向の流れそのものを転換する点に本質があり、単なる低価格化とは異なる。
また、リバースイノベーションを実践すれば必ず先進国市場で成功するという理解も誤解である。品質基準や規制、顧客の期待水準の違いから、新興国発の製品がそのまま先進国で受け入れられるとは限らない点に留意が必要である。
まとめ(実務整理)
リバースイノベーションは、新興国・発展途上国で生まれた製品やサービス、あるいはその発想を起点に、先進国市場へ展開していく経営戦略上の考え方である。グローカリゼーションやフルーガルイノベーションとの違いを整理しておくことは、グローバル戦略やイノベーション戦略を検討するコンサルティング業務において、論点整理の土台として参考になる。
新興国拠点への権限委譲や本社との摩擦といった実践上の課題を理解しておくと、クライアントへの説明にも役立つ。採用面接との関係では、用語の詳細を暗記する場面は多くなく、発想の起点をどこに置くかという考え方の骨格をおさえておけば十分であるといえる。
出典
- ダートマス大学タック・スクール・オブ・ビジネス「Faculty Directory:Vijay Govindarajan」
https://tuck.dartmouth.edu/faculty/faculty-directory/vijay-govindarajan - Harvard Business Review「How GE Is Disrupting Itself」(HBR公式ストアページ)
https://store.hbr.org/product/how-ge-is-disrupting-itself/R0910D - GE公式プレスリリース「GE Healthcare plans big leaps in cardiac care with small, affordable innovative solutions from India」
https://www.ge.com/news/press-releases/ge-healthcare-plans-big-leaps-cardiac-care-small-affordable-innovative-solutions-0 - ダイヤモンド社「リバース・イノベーション」書籍公式ページ(ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著)
https://www.diamond.co.jp/book/9784478021651.html
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