ブルーオーシャン戦略
限られた顧客を奪い合う既存市場で、価格競争やシェア争いに消耗し続けることが、企業にとって唯一の選択肢なのか。この問いに正面から答えたのが、ブルーオーシャン戦略(Blue Ocean Strategy)である。
従来の経営戦略論の多くは、既存の業界構造を前提に、その中でいかに競合他社に打ち勝つかを論じてきた。これに対しブルーオーシャン戦略は、血みどろの競争が続く既存市場(レッド・オーシャン)そのものから距離を置き、競争相手が存在しない新たな市場空間を自ら創造することに焦点を当てる。
サーカスという成熟産業の中で独自の地位を築いたシルク・ドゥ・ソレイユの事例をはじめ、多くの企業事例をもとに体系化されたこの理論は、発表から20年以上を経た今も、新規事業開発や事業ポートフォリオの見直しを検討する企業に参照され続けている。事業戦略の立案支援に関わるコンサルティング業務において、この理論の骨格と実務上の適用範囲を理解しておく意義は大きい。
ブルーオーシャン戦略とは
ブルーオーシャン戦略を提唱したのは、欧州経営大学院INSEAD(フランスに拠点を置く経営大学院)の教授であるW・チャン・キム(W. Chan Kim)氏と、同じくINSEADの特別フェロー兼教授であるレネ・モボルニュ(Renée Mauborgne)氏の二人である。
両氏は1997年、ハーバード・ビジネス・レビュー誌に「Value Innovation: The Strategic Logic of High Growth」と題する論文を発表し、この理論の中核となる「バリュー・イノベーション(Value Innovation)」という考え方を先行して示していた。
その後、2004年10月に同誌へ発表した論文「Blue Ocean Strategy」を経て、2005年に書籍『Blue Ocean Strategy: How to Create Uncontested Market Space and Make the Competition Irrelevant』(邦題『ブルー・オーシャン戦略』)を刊行し、理論を体系的にまとめ上げた。
同書は世界的なベストセラーとなり、日本語版はランダムハウス講談社から2005年に刊行されている(現在はダイヤモンド社が版元)。両氏は現在、INSEADブルー・オーシャン戦略研究所(IBOSI)の共同ディレクターも務めている。
ブルーオーシャン戦略の核心にあるのが、先述のバリュー・イノベーションという考え方である。従来の経営戦略論では、コストを抑えるか、顧客への提供価値を高めるかは、いずれか一方を選ばざるを得ないトレードオフの関係にあると捉えられてきた。
これに対しバリュー・イノベーションは、コストの引き下げと価値の引き上げを同時に実現することで、このトレードオフそのものを打ち破ろうとする発想である。この発想を実務に落とし込む代表的なツールが、「フォー・アクションズ・フレームワーク(Four Actions Framework)」である。
これは、業界の常識となっている要素について、「取り除く(Eliminate)」「減らす(Reduce)」「増やす(Raise)」「付け加える(Create)」という4つの問いを立てることで、コスト構造と提供価値を同時に見直す手法であり、この4つの頭文字を取って「ERRCグリッド」とも呼ばれる。
あわせて、業界内の各社が提供している価値の要素を横軸に、提供水準を縦軸に取って可視化する「戦略キャンバス(Strategy Canvas)」というツールも用いられる。戦略キャンバスは、自社と競合の価値曲線を並べて比較し、業界内で各社が横並びになっている要素や、逆に差別化の余地がある要素を一目で把握できるようにするツールである。
ブルーオーシャン戦略の境界条件として押さえておきたいのは、「新しい業界を作ること」だけを指す言葉ではないという点である。同書が挙げる事例の多くは、既存の業界の境界を引き直すことで新たな市場空間を生み出したものであり、全く新しい産業を無から創造することを必ずしも前提としない。
また、ブルーオーシャンは一度切り拓けば永続するものではなく、模倣が進めば時間の経過とともに競争の激しいレッド・オーシャンへと変化していく点も、理論上重要な境界条件である。
さらに、ブルーオーシャン戦略では、既存顧客だけでなく、これまで業界が取り込めていなかった「非顧客(Noncustomers)」に目を向け、新たな需要を創出することも重要な視点とされる。
| アクション | 問いの内容 |
|---|---|
| 取り除く(Eliminate) | 業界常識とされている要素のうち、取り除くべきものは何か |
| 減らす(Reduce) | 業界標準と比べて、大胆に減らすべき要素は何か |
| 増やす(Raise) | 業界標準と比べて、大胆に増やすべき要素は何か |
| 付け加える(Create) | 業界でこれまで提供されてこなかった、新たに付け加えるべき要素は何か |
具体例/ミニケース
地方で複数店舗を展開するフィットネスジムZ社の事例で考えてみる。Z社が属する業界は、豊富なトレーニングマシンや充実したスタジオプログラム、パーソナルトレーナーの質を競う、価格競争の激しいレッド・オーシャンであった。
Z社は、この競争構造の中で差別化を図るのではなく、フォー・アクションズ・フレームワークを使って自社の提供価値を根本から見直すことにした。
具体的には、高価なマシン設備の種類を大胆に「減らし」、常駐トレーナーによる個別指導を「取り除く」代わりに、短時間で完結する少人数制のグループサーキットトレーニングという新たな提供形態を「付け加えた」。あわせて、営業時間を早朝・深夜帯まで「増やし」、仕事の合間に短時間で通えるという利便性を打ち出した。
その結果、Z社は既存のフィットネスジムの主要顧客層とは異なる、時間に制約のある会社員層という新たな顧客を開拓し、価格競争から距離を置いた形での会員獲得に成功した。この事例が示すのは、ブルーオーシャン戦略が単なる差別化戦略ではなく、業界の当たり前を疑い、コスト構造と提供価値の組み合わせそのものを再設計する営みであるという点である。
レッド・オーシャン戦略・差別化戦略との違い
ブルーオーシャン戦略は、競争戦略に関わる他の考え方としばしば同一視される。だが、それぞれが前提とする競争環境や、価値とコストの捉え方は異なっている。
| 戦略 | 前提とする競争環境 | 価値とコストの関係 |
|---|---|---|
| ブルーオーシャン戦略 | 競争相手のいない、あるいは少ない未開拓の市場空間 | コスト低減と価値向上を同時に追求する(トレードオフを打破) |
| レッド・オーシャン戦略(既存市場での競争戦略全般) | 境界が明確に定まった既存の業界・市場 | コスト低減か価値向上かのいずれかを選択する |
| 差別化戦略(マイケル・ポーター等が論じる競争戦略の一類型) | 既存の業界構造を前提とする | 高い付加価値の提供を重視し、その結果としてコスト増を伴う場合が多い |
コンサルティング業務での位置づけ
論点設計(イシュー出し)
新規事業開発や既存事業の再構築のプロジェクトでは、クライアント企業が既存市場内での差別化を追求すべきか、それとも新たな市場空間の創造を目指すべきかという方向性の見極めが、初期段階の重要な論点となる。コンサルタントは、業界の競争構造や自社の強みを踏まえ、ブルーオーシャン戦略の適用可能性を評価する役割を担う。
現状分析(As-Is整理)
現状分析のフェーズでは、業界内の主要プレイヤーが顧客に提供している価値の要素を洗い出し、戦略キャンバスの形で可視化する。各社の提供価値がどこで横並びになっているか、逆にどこにギャップがあるかを整理する作業が中心となる。
施策設計(To-Be)
施策設計の段階では、フォー・アクションズ・フレームワークを用いて、取り除く・減らす・増やす・付け加えるべき要素を検討し、コスト構造の見直しと新たな提供価値の設計を同時に進める。あわせて、想定される新規顧客層や、既存顧客との関係をどう整理するかという論点も扱われる。
資料作成(スライド構造)
経営層向け資料では、自社と競合他社の提供価値を並べた戦略キャンバスと、ERRCグリッドによる具体的な施策一覧をセットで示す構成が定番である。既存市場との違いを視覚的に示せる構造にすることで、経営層が新たな市場空間の可能性を判断しやすくなる。
導入メリットと注意点
ブルーオーシャン戦略を用いる利点は、価格競争に巻き込まれにくい新たな市場空間を切り拓くことで、持続的な収益機会を確保しやすくなる点にある。コスト低減と価値向上を同時に狙う発想は、既存の差別化戦略にありがちな「高コスト高付加価値」という前提を見直すきっかけにもなる。
一方で、留意すべき点も多い。第一に、新たな市場空間を創造できたとしても、成功が明らかになれば模倣する競合が現れ、時間の経過とともにブルーオーシャンがレッド・オーシャンへと変化していくリスクがある。
第二に、既存事業の枠組みを大胆に見直すことになるため、社内の既存顧客や既存の収益基盤との整合性をどう取るかという、組織内の合意形成に相応の時間を要する場合がある。
第三に、フォー・アクションズ・フレームワークのような分析ツールを用いても、実際に有効な新市場を見出せるとは限らず、理論の適用がそのまま成功を保証するものではない。これらを踏まえ、実務では、既存事業の分析と並行して、継続的に新たな市場機会を探索する姿勢が重視されている。
コンサル採用面接で問われる理由
コンサルティングファームの採用面接で、ブルーオーシャン戦略という用語そのものがそのまま問われることは多くない。ただし、新規事業や競争戦略をテーマにしたケース面接では、既存市場での競争にとどまらない打ち手をどう構想するかという論点が扱われることがあり、その際に「コストと価値のトレードオフを疑う」という発想を持っているかどうかが、回答の説得力を左右する。単に「差別化する」という発想にとどまらず、業界の当たり前そのものを見直す視点まで語れると、議論に厚みが生まれる。
こうした視点を備えておくことは、ケース解答の質を底上げする一助になる。戦略キャンバスやERRCグリッドといった個別のツール名を暗記しておく必要はなく、コスト低減と価値向上は必ずしもトレードオフではないという考え方の骨格を理解しておけば、面接の議論の中で自然に応用できる。
FAQ
Q1. ブルーオーシャン戦略とは、どのような考え方か。
ブルーオーシャン戦略とは、既存の競争の激しい市場(レッド・オーシャン)を避け、コストを抑えながら顧客に新たな価値を提供することで、競争相手のいない未開拓の市場(ブルー・オーシャン)を切り拓く経営戦略である。
英語表記はBlue Ocean Strategyであり、INSEAD教授のW・チャン・キム氏とレネ・モボルニュ氏が2004年にハーバード・ビジネス・レビュー誌で発表した論文を経て、2005年に同名の書籍として体系化した。
Q2. ブルーオーシャン戦略と差別化戦略とは、何が違うのか。
最も大きな違いは、コストと価値の関係をどう捉えるかにある。従来の差別化戦略は、既存の業界構造を前提に、高い付加価値を提供する代わりにコスト増を許容するという、トレードオフの関係を前提とすることが多い。
これに対しブルーオーシャン戦略は、コストの引き下げと提供価値の引き上げを同時に実現しようとする「バリュー・イノベーション」という発想に立ち、既存の業界の境界そのものを引き直すことで、競争相手のいない新たな市場空間を目指す点で異なる。
Q3. ブルーオーシャン戦略は、どのような手順で検討するのか。
実務における一般的な手順は、まず業界内の主要プレイヤーが顧客に提供している価値の要素を洗い出し、戦略キャンバスとして可視化することから始まる。
次に、フォー・アクションズ・フレームワークを用いて、業界の常識となっている要素のうち、取り除く・減らす・増やす・付け加えるべきものをそれぞれ検討する。
この検討結果をもとに、コスト構造と提供価値を同時に見直した新たな事業コンセプトを設計し、想定顧客の反応を検証しながら具体化していく。
Q4. コンサルティングプロジェクトでは、ブルーオーシャン戦略はどのように扱われているのか。
コンサルティングの現場では、新規事業の立ち上げや既存事業の再構築を検討する際に、業界内の競争構造を可視化し、新たな市場空間の可能性を探る場面でこの理論が参照される。
また、既存の差別化戦略が価格競争から抜け出せずにいる企業に対して、コストと価値の組み合わせそのものを見直す視点を提供する役割としても活用される。
Q5. ブルーオーシャン戦略について、どのような誤解が生じやすいのか。
よくある誤解の一つは、ブルーオーシャン戦略は全く新しい産業を無から創造することだと考えてしまうことである。実際には、既存の業界の境界を引き直すことで新たな市場空間を生み出す事例が多く、新産業の創出だけを指す言葉ではない。
もう一つの誤解は、一度ブルーオーシャンを切り拓けば競争のない状態が永続すると考えてしまうことであり、実際には、成功が模倣されるにつれて競争が激化し、レッド・オーシャンへと変化していく可能性がある点に留意する必要がある。
Q6. ブルーオーシャン戦略は、どのような分野で活用が広がっているのか。
当初は民間企業の事業戦略を中心に論じられてきたが、現在では業種を問わず、新規事業開発や既存事業の再定義を検討する幅広い場面で参照されている。
書籍は世界的なベストセラーとなり、多数の言語に翻訳されていることもあり、業界の垣根を越えて共通言語として用いられやすい点も、実務での活用が広がっている一因といえる。
まとめ(実務整理)
ブルーオーシャン戦略は、既存の競争の激しい市場(レッド・オーシャン)を避け、コストを抑えながら顧客に新たな価値を提供することで、競争相手のいない未開拓の市場(ブルー・オーシャン)を切り拓く経営戦略である。
1997年のバリュー・イノベーション論を起点に、2004年のハーバード・ビジネス・レビュー誌掲載論文、2005年の書籍刊行を経て体系化され、現在も新規事業開発や事業ポートフォリオの見直しに広く参照されている。
差別化戦略とは、コストと価値の関係をトレードオフと捉えるか、同時追求できるものと捉えるかという点で異なる考え方である。
コンサルティング業務との関係でいえば、業界の当たり前を疑い、コスト構造と提供価値を同時に見直す視点が、新規事業関連プロジェクトにおいて参考になる。
採用面接との関係でいえば、個別のツール名を暗記する必要はなく、コスト低減と価値向上は必ずしもトレードオフではないという考え方の骨格を押さえておけば、十分な知識基盤となる。
出典
- Harvard Business Review「Blue Ocean Strategy」(W. Chan Kim, Renée Mauborgne, 2004年)
https://hbr.org/2004/10/blue-ocean-strategy - Harvard Business Review「Value Innovation: The Strategic Logic of High Growth」(W. Chan Kim, Renée Mauborgne, 1997年発表・2004年7月再録)
https://hbr.org/2004/07/value-innovation-the-strategic-logic-of-high-growth - ダイヤモンド社「[新版]ブルー・オーシャン戦略」書籍紹介ページ
https://www.diamond.co.jp/book/9784478065136.html
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