SAP S/4HANA
企業の会計・購買・在庫・生産などの基幹業務データを、どこまでリアルタイムに統合して経営判断に活かせるか。この問いに対する製品面での答えの一つが、SAP S/4HANAである。
ドイツのソフトウェア企業SAP SEが2015年に発表した次世代ERP(Enterprise Resource Planning:企業資源計画)製品であり、従来のディスク中心のデータ処理方式とは異なり、インメモリーデータベース「SAP HANA」を基盤として、大量の業務データを高速に処理できる点が特徴である。SAP ERP 6.0(ECC 6.0)は利用しているEnhancement Packageによって保守期限が異なり、多くの企業にとってS/4HANAへの移行を検討する契機となっている。
SAP S/4HANAとは
「S/4HANA」は、「S」がSuite(スイート)、「4」が第4世代を意味し、「HANA」はSAP社が開発したインメモリーデータベース製品の名称を指す。SAP自身は「SAP Business Suite 4 for SAP HANA」という名称でこの由来を説明している。また「SAP」は、Systeme, Anwendungen und Produkte in der Datenverarbeitung(データ処理におけるシステム・アプリケーション・製品を意味するドイツ語)の略称である。
SAP SEは、1972年4月1日、ドイツIBMを退職した5人のエンジニア(Dietmar Hopp、Hasso Plattner、Claus Wellenreuther、Klaus Tschira、Hans-Werner Hector)によって、「Systemanalyse Programmentwicklung」という社名で設立された。同社は、企業のあらゆる業務プロセスをリアルタイムに統合するソフトウェアの開発を目指し、1973年に最初の会計システムを開発、その後1992年に「SAP R/3」を発表したことで、ERPソフトウェア市場における世界的な標準的地位を確立したことで知られている。
SAP S/4HANAは、この系譜に連なる次世代ERP製品として、2015年にSAP社から発表された。SAP社自身は、S/4HANAについて「SAP HANAという先進的なインメモリープラットフォームの上に全面的に構築された」製品と説明している。
従来のSAP ERP(ECC 6.0を含む旧世代製品群)が、複数のデータベース製品に対応していたのに対し、S/4HANAはSAP HANAを基盤とすることで、高速なトランザクション処理と分析処理を同一システムで実現し、業務データをリアルタイムに近い形で分析できる環境を提供するとされている。なお、SAP HANAはデータをメインメモリ上で高速に処理する一方、障害時の永続性を確保するためにディスクやSSDなどのストレージも併用しており、常に全データをメモリ上にのみ保持しているわけではない。
SAP S/4HANAは、次の3つの特徴を備える製品として整理できる。第一に、SAP HANAを基盤として設計されており、高速なリアルタイム処理・分析を志向していること。第二に、オンプレミス版のSAP S/4HANAに加え、SAP S/4HANA Cloud Public Edition、SAP S/4HANA Cloud Private Editionなど、複数の提供形態が用意されていること。第三に、Fiori(フィオリ)と呼ばれる刷新されたユーザーインターフェースや、AIを活用した業務自動化・意思決定支援機能などが提供されていること、である。
SAP S/4HANAの境界条件として、旧来のSAP ERP(ECC 6.0)とは異なる製品であり、データベースやアーキテクチャの変更を伴う移行プロジェクトとなる点が挙げられる。SAP ERP 6.0は、利用しているEnhancement Package(EHP:機能拡張パッケージ)によって保守期限が異なり、EHP0〜5(またはEHPなし)を利用する場合は2025年末に、EHP6〜8を利用する場合は2027年末にメインストリームサポートが終了する。
2020年2月の発表では、EHP6〜8のメインストリームサポート終了時期が、当初予定されていた2025年末から2027年末まで延長された。あわせて、2028年から2030年末までの間、通常の保守料金に2%を上乗せする形での延長保守(Extended Maintenance)も選択可能である。この保守期限を契機とした基幹システムの刷新は、日本国内で「SAP 2027年問題」と呼ばれている。
ただし、保守期限を迎えた企業が必ずS/4HANAへ移行するとは限らず、延長保守の選択や、保守期限後に自動的に移行する個別保守(Customer-Specific Maintenance:新法改正対応や新規パッチ提供等の保証がない限定的な保守形態)の利用を続けるという選択肢もあり、S/4HANAへの移行はこうした選択肢の一つとして検討されている。
SAP ERPの保守サポートスケジュール
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 〜2025年末 | SAP ERP 6.0のEHP0〜5(またはEHPなし)を利用する場合、メインストリームサポートが終了 |
| 〜2027年末 | SAP ERP 6.0のEHP6〜8(最新の環境)を利用する場合、メインストリームサポートが終了 |
| 2028年〜2030年末 | 通常の保守料金に2%を上乗せした延長保守(Extended Maintenance)を選択可能 |
| 2031年以降 | 延長保守を利用しない場合は、新法改正対応や新規パッチ提供等の保証がない個別保守(Customer-Specific Maintenance)に自動的に移行する。あわせて、RISE with SAP契約のもとでSAP ERP(private edition)へ移行(2030年末までに完了)した一部の顧客向けには、2028年から購入可能で2031年から2033年まで利用できる、期間限定のクラウドサブスクリプション「SAP ERP, private edition, transition option」が別途用意されている |
具体例・ミニケース
長年SAP ERP(ECC 6.0)を基幹システムとして利用してきた製造業A社が、S/4HANAへの移行を検討した架空のミニケースで考える。A社は、既存システムに長年蓄積してきたアドオン(追加開発機能)が多数存在し、これらをそのまま新システムに移行すべきか、標準機能に合わせて業務プロセス自体を見直すべきかという論点に直面した。
A社はまず、既存システムのアドオンや業務プロセスを棚卸しする現状分析を実施し、どの機能が自社固有の競争力の源泉であり、どの機能が標準機能で代替可能かを仕分けした。その結果、一部のアドオンは廃止し、S/4HANA標準機能への統一を選択する一方、特定の生産管理プロセスについては、自社の競争力に直結すると判断し、アドオンとして引き継ぐ方針を採った。
移行方式についても検討が行われ、既存のSAP ERPを変換するSystem Conversion(システムコンバージョン、いわゆるBrownfield)、標準機能やベストプラクティスを軸に業務プロセスを再設計して新規に構築するNew Implementation(新規導入、いわゆるGreenfield)、既存環境から必要なデータや設定を選択的に移行するSelective Data Transitionの3方式が比較された。A社では、アドオンの整理と業務標準化の効果を比較した結果、対象範囲を絞ったうえでNew Implementationを採用する案が有力となり、段階的に対象拠点を拡大していく計画を立てた。
このミニケースが示すとおり、SAP S/4HANAへの移行は、単なるシステムの入れ替えにとどまらず、既存の業務プロセスをどこまで標準化するかという経営判断を伴うプロジェクトである。
SAP ERP(ECC 6.0)・他社クラウドERPとの違い
SAP S/4HANAは、同じSAP社が提供する旧世代のSAP ERP(ECC 6.0)や、他社が提供するクラウド型ERPとも異なる特徴を持つ。いずれも企業の基幹業務を統合的に管理する点は共通するが、基盤とするアーキテクチャや提供形態が異なる。
| 製品 | 基盤・アーキテクチャ | 主な提供形態 |
|---|---|---|
| SAP S/4HANA | SAP HANAを基盤とするERP | オンプレミス、SAP S/4HANA Cloud Public Edition、SAP S/4HANA Cloud Private Edition |
| SAP ERP(ECC 6.0) | 複数のデータベース製品に対応(マルチプラットフォーム) | 主にオンプレミス |
| 他社クラウドERP | 製品ごとに異なるクラウド基盤・アーキテクチャ | クラウドを中心に提供 |
SAP ERP(ECC 6.0)が複数のデータベース製品に対応するマルチプラットフォーム設計であったのに対し、S/4HANAはSAP HANAのみに対応する設計に変更された点が、移行を検討する企業にとって大きな論点となる。
コンサルティング業務における位置づけ
論点設計(イシュー出し)
基幹システム刷新プロジェクトでは、SAP ERP(ECC 6.0)の保守期限を見据え、いつ・どの範囲でS/4HANAへ移行するか、既存のアドオンをどこまで標準機能に合わせるかが論点として設定されることがある。あわせて、オンプレミスかクラウドか、自社単独での移行か外部ベンダーとの協働かも、初期の論点整理に含まれる。
現状分析(As-Is整理)
既存システムのアドオンや連携システムの棚卸し、業務プロセスの標準化度合いを整理し、S/4HANA移行における影響範囲を分析する。あわせて、オンプレミス・クラウドのいずれの提供形態が自社に適しているかも確認する。
施策設計(To-Be)
現状分析を踏まえ、既存のSAP ERPを変換するSystem Conversion(Brownfield)、業務プロセスを標準機能やベストプラクティスに合わせて再設計しながら新規構築するNew Implementation(Greenfield)、既存環境から必要なデータや設定を選択的に移行するSelective Data Transitionのいずれの方式を採るかを選択し、移行スケジュールを設計する。段階的な移行を行うか、一括で切り替えるかといった実行方針も、この段階で検討される。
資料作成(スライド構造)
経営層向けの提案資料では、現行のSAP ERPが利用しているEnhancement Packageとメインストリームサポート期限、延長保守の要否、移行方式、S/4HANAへの展開スケジュールという流れでロードマップを整理し、移行方式ごとの投資対効果やリスクを比較するスライドが用いられることがある。
SAP S/4HANA導入のメリットと注意点
メリット
S/4HANAの導入により、インメモリーデータベースを活用した高速なデータ処理が可能になり、経営データのリアルタイム分析がしやすくなる可能性がある。またAI・機械学習を活用した自動化機能や、刷新されたユーザーインターフェースにより、業務の効率化にもつながる面がある。
注意点
一方で、S/4HANAはSAP HANAを基盤として設計されているため、データベースやアーキテクチャの変更を伴い、既存のアドオンや連携システムを含めた影響範囲の確認が必要になる。既存のアドオンや連携システムの見直しには相応の時間とコストがかかり、移行方式(System Conversion・New Implementation・Selective Data Transition等)の選定を誤ると、プロジェクトが長期化するリスクもある。保守期限を見据えた早期の計画立案が実務上の留意点となる。
コンサル採用面接で問われる理由
面接官がSAP S/4HANAの技術的な仕様そのものを厳密に問う場面は多くない。むしろ、基幹システム刷新やDXを扱うケースにおいて、システム更新という技術的な意思決定を、業務プロセスの見直しという経営課題としてどう捉えるかという視点が、回答の厚みに影響する場面がある。
システムの制約(保守期限やデータベースの仕様)が、企業の経営判断のタイミングを左右しうるという発想を理解しておくと、DXやシステム刷新をテーマにしたケースでの論理展開に説得力が生まれる。用語そのものを厳密に説明できることが求められる場面は多くなく、システム刷新と業務プロセス見直しを一体で捉える考え方の骨格をおさえておけば十分な知識基盤となる。
FAQ
Q1. SAP S/4HANAとは何か。
SAP S/4HANAとは、ドイツのSAP SEが2015年に発表した、インメモリーデータベース「SAP HANA」を基盤とする次世代ERP(Enterprise Resource Planning:企業の基幹業務を統合的に管理するシステム)製品である。データをメインメモリ上で高速に処理するインメモリーデータベースを基盤とすることで、従来のディスク中心のデータベースと比較して高速なトランザクション処理・分析処理を実現する。
SAP社は1972年にドイツIBMを退職した5人のエンジニアによって設立され、1992年に発表したSAP R/3でERP市場の標準的な地位を確立した企業として知られており、S/4HANAはその系譜に連なる製品である。
Q2. 旧来のSAP ERP(ECC 6.0)との違いは何か。
最大の違いは、基盤とするアーキテクチャにある。SAP ERP(ECC 6.0)は、複数のデータベース製品に対応するマルチプラットフォーム設計であった。これに対しSAP S/4HANAは、SAP HANAを基盤として設計されている。
また、S/4HANAではFioriと呼ばれる刷新されたユーザーインターフェースや、AIを活用した業務自動化・意思決定支援機能などが提供されている点でも異なる。SAP ERP(ECC 6.0)は、利用しているEnhancement Packageに応じて2025年末または2027年末にメインストリームサポートが終了する予定であり、多くの企業がS/4HANAへの移行を検討する契機となっている。
Q3. SAP S/4HANAはどのように導入されるのか。
S/4HANAの導入は、現状の業務プロセスやアドオンの棚卸し、移行方式の選定、システム構築・テスト、本番移行という流れで進められることが多い。移行方式には、既存のSAP ERPを変換するSystem Conversion(Brownfield)、業務プロセスを標準機能やベストプラクティスに合わせて新規に構築するNew Implementation(Greenfield)、既存環境から必要なデータや設定を選択的に移行するSelective Data Transitionなどがある。
提供形態としては、オンプレミス版のSAP S/4HANAのほか、SAP S/4HANA Cloud Public Edition、SAP S/4HANA Cloud Private Editionが用意されており、企業の規模や要件に応じて選択される。
Q4. コンサルティング業務ではどのように活用されるのか。
基幹システム刷新プロジェクトを支援するコンサルティングファームやSIerは、S/4HANAへの移行に関して、現状分析から移行方式の選定、プロジェクト管理まで、幅広い工程に関わることがある。具体的には、既存アドオンの要否判断、業務プロセスの標準化検討、投資対効果の試算、ベンダー選定支援などが挙げられる。SAP ERP(ECC 6.0)の保守期限が近づく中、S/4HANA移行プロジェクトは、多くの日本企業にとって優先度の高い経営課題となっている。
Q5. SAP S/4HANAについてよくある誤解は何か。
代表的な誤解は、S/4HANAへの移行を単なるシステムのバージョンアップと捉えるものである。実際には、データベースやアーキテクチャの変更を伴うため、既存のアドオンや連携システムを含めた影響範囲の確認が必要になることが多い。
また、クラウド版を導入すれば自動的に業務が効率化されると誤解されることもあるが、実際の効果は、既存の業務プロセスをどこまで標準機能に合わせて見直すかという設計次第で大きく変わる。
まとめ(実務整理)
SAP S/4HANAは、ドイツのSAP SEが2015年に発表した、インメモリーデータベース「SAP HANA」を基盤とする次世代ERP製品である。1972年に設立されたSAP社が、1992年のSAP R/3でERP市場の標準的地位を確立した系譜の延長線上にある製品であり、SAP ERP(ECC 6.0)が利用しているEnhancement Packageに応じて2025年末または2027年末にメインストリームサポートが終了することを一つの契機に、S/4HANAへの移行を検討する企業が増えている点を理解しておくと、実務の参考になる。
コンサルティング業務との関わりでいえば、基幹システム刷新プロジェクトにおいて、現状分析から移行方式の選定、資料作成まで各局面でS/4HANAが登場する場面があることを理解しておくとよい。採用面接との関係でいえば、製品仕様そのものを厳密に説明できることが求められる場面は多くなく、システム刷新と業務プロセス見直しを一体で捉える考え方の骨格をおさえておけば十分な知識基盤となる。
出典
- SAP「SAP History」https://www.sap.com/about/company/history.html
- SAP Japan プレスルーム「SAP、SAP S/4HANAのイノベーションに対するコミットメントを延長し、SAP Business Suite 7の保守方針を明確化して選択肢を提供」https://news.sap.com/japan/2020/02/
- SAP News「Navigating Your RISE with SAP Journey: Updates for SAP ERP, Private Edition, Transition Option」https://news.sap.com/2025/08/rise-with-sap-journey-sap-erp-private-edition-transition-option-updates/
- IBM「SAPとは」https://www.ibm.com/jp-ja/topics/sap
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