コンポーザブルERP
なぜ今、企業は単一の巨大なERPパッケージを丸ごと入れ替えるのではなく、機能ごとに部品を組み合わせるという発想へと転換しつつあるのか。市場環境や組織再編のスピードが加速する中、数年がかりの要件定義とカスタマイズを経て稼働する従来型ERPでは、稼働した時点で既に業務要件との間にずれが生じるという構造的な課題が顕在化している。
加えてM&A、新規事業立ち上げ、海外展開など、事業構造そのものが短期間で変化する経営環境において、基幹システムの硬直性は経営スピードを阻害する要因になりかねない。こうした背景から、必要な機能だけを選び、変化に応じて組み替えられるコンポーザブルERPへの関心が、経営層・IT部門の双方で高まっている。
コンポーザブルERPとは
ERP(Enterprise Resource Planning:企業が保有するヒト・モノ・カネ・情報といった経営資源を一元的に管理し、有効活用するための統合基幹業務システム、または企業資源計画という経営手法そのもの)は、1990年代にドイツのSAP社の「SAP R/3」などの統合型パッケージ製品が普及したことで、大企業を中心に会計・購買・生産・販売・人事といった部門別業務を単一システム上に統合する形で広く導入されるようになった。
もとをたどれば、ERPは1970年代に製造業向けに登場したMRP(Material Requirements Planning:資材所要量計画)を起点とし、対象領域を全社の経営資源管理へと拡張する形で発展してきた経緯を持つ。
コンポーザブルERPは、米調査会社ガートナー(Gartner)が2020年に打ち出した、ERPの将来像を示す戦略的概念である。ガートナーはそれ以前の2014年に、コアとなるERPに周辺業務を個別システムで補完する「ポストモダンERP」という考え方を提唱しており、コンポーザブルERPはこの発想をさらに進化させたものと位置づけられる。
「コンポーザブル(Composable)」とは「組み替え可能な」を意味する語で、ガートナーが提唱する「コンポーザブル・ビジネス(Composable Business:交換可能な部品を組み合わせて変化に適応する経営アーキテクチャ全体の考え方)」を、ERP領域に適用したものがコンポーザブルERPである。
近年のガートナーの発信では、データ連携基盤に加えて、AI・機械学習による自律的なデータ統合や予測を組み込む「インテリジェント」な要素も、コンポーザブルERPを支える重要な柱として位置づけられている。
コンポーザブルERPを実現するアーキテクチャ思想の一つとして、以下の4条件の頭文字を取った「MACH」が挙げられる。
ただし、MACHはもともとヘッドレスコマース領域から普及した技術思想であり、コンポーザブルERPを成立させる唯一の技術要件というわけではない。
- Microservices:機能を独立した小さな単位で開発・稼働させるアーキテクチャ
- API-first:外部連携を前提に設計されたインターフェース
- Cloud-native:クラウド環境を前提とした構築方式
- Headless:画面表示部分と業務ロジックを分離する構造
この技術基盤の上に、業務機能を独立した部品として提供するPBCを必要な分だけ選定し、データファブリック(複数システムに分散するデータをメタデータとAI・機械学習によって自動的に統合管理し、ガバナンスを保ちながら参照・活用できるようにするデータ管理アーキテクチャ)と呼ばれる仕組みでリアルタイムに情報をつなぐことで、単一システムのように業務を運用できる状態を目指す。
境界条件として、コンポーザブルERPは「ERPを全く使わない」ことを意味しない点に注意が必要である。財務会計など内部統制が重視される領域はコアERPを維持しつつ、変化が激しい領域のみを個別のSaaS(Software as a Service:ソフトウェアをインターネット経由でサービスとして利用する提供形態)やマイクロサービスで組み替える「ベスト・オブ・ブリード(Best of Breed:各業務領域で最適な個別製品を選定し組み合わせる方式)」の構成を採用する企業が多い。
単一ベンダーへの過度な依存を避けつつ、統制すべき領域まで無秩序に分散させない見極めが、設計上の境界線となる。
| 段階 | 主な時期 | 提唱・普及の主体 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| MRP | 1970年代 | 製造業を中心に普及 | 資材所要量計画に特化した生産管理システム |
| 統合型ERP | 1990年代 | 独SAP社「SAP R/3」等 | 会計・購買・生産・販売・人事を単一パッケージで統合 |
| ポストモダンERP | 2014年提唱 | ガートナー社 | コアERPに周辺業務システムを連携させる構成 |
| コンポーザブルERP | 2020年提唱 | ガートナー社 | PBC単位で機能を組み替え可能にする戦略的アプローチ |
具体例/ミニケース
複数事業を展開する中堅製造業A社を想定する。A社は基幹の財務会計とグループ連結を既存のコアERPに残しつつ、急拡大するEC事業の在庫・受注管理には業界特化型のSaaSを新規採用し、両者をAPIとデータファブリックでリアルタイム連携させた。
全社のコアERPを刷新する場合は数年規模のプロジェクトになりかねないところを、EC事業領域に対象を絞ったことで、システム刷新期間を大幅に短縮しつつ、財務データの整合性を保ったまま新規事業を早期に立ち上げることができた。
一方で、EC事業側のSaaSと会計側のマスタデータの粒度が異なっていたため、連携初期にはデータマッピングの調整に想定より工数を要した。
事前に「コード・マスタの一元管理」や「データガバナンスの標準化」を設計しておかないと、データ連携層(データファブリックやETL)の構築負荷が想定以上に膨らむ点は、コンポーザブルERP導入における典型的な落とし穴である。
これは、コンポーザブルERPが「全社を一度に刷新する」のではなく「変化が必要な部分から段階的に組み替える」アプローチであると同時に、データ設計の事前調整が成否を左右することを示す典型例である。
統合型ERP・ポストモダンERPとの違い
| 概念 | 目的 | システム構成 | 拡張性 | 主な使用場面 |
|---|---|---|---|---|
| 統合型ERP | 全社統合による全体最適 | 単一パッケージ | 低い | 大企業の基幹業務全体の統合管理 |
| ポストモダンERP | コアと周辺業務の柔軟な連携 | コア+個別システム | 中程度 | 部門別業務システムの個別更新 |
| コンポーザブルERP | 変化への迅速な適応 | PBC単位の部品構成 | 高い | 事業構造が頻繁に変化する企業・新規事業領域 |
コンサルティング業務での位置づけ
論点設計(イシュー出し)
コンポーザブルERP導入プロジェクトの論点設計では、「どの業務領域をコアERPに残し、どの領域を切り出すか」という切り分けの軸そのものが最初のイシューとなる。
単なる機能要件の整理ではなく、統制・ガバナンスを優先すべき領域と、俊敏性を優先すべき領域を事業部門ごとに仕分ける論点構造が必要になる。あわせて、どの粒度でPBCを定義するかという設計思想上の論点も、プロジェクト初期に合意形成しておくべき事項である。
現状分析(As-Is整理)
現状分析では、既存ERPのカスタマイズ量、データの重複・分断状況、部門ごとのシステム利用実態を棚卸しし、どの機能がモノリシックな構造に起因するボトルネックとなっているかを可視化する。
あわせて、既存の連携基盤(EAI、ETL、API管理基盤の有無)を確認し、コンポーザブル化への技術的な下地を評価する。特に、コード・マスタが部門横断で一元管理されているかどうかは、後工程のデータ連携負荷を左右する重要な確認項目である。カスタマイズ度合いが高いほど、切り出し時の移行リスクは高くなる傾向がある。
施策設計(To-Be)
施策設計では、コアに残す機能とPBCとして切り出す機能の組み合わせパターンを複数案設計し、投資対効果とリスクの両面から評価する。
あわせて、部門ごとに異なるベンダーを選定した場合のガバナンス設計(データオーナーシップ、API管理体制、セキュリティ基準の統一)を織り込むことが、実務上の成否を分ける重要な論点となる。段階移行のロードマップを、優先度と投資規模の両軸で整理することも欠かせない。
資料作成(スライド構造)
提言資料では、As-Is(モノリシックな現行構成)とTo-Be(コンポーザブルな将来構成)を1枚の構造図で対比させ、切り出し候補領域には投資額・想定効果・移行期間を併記した優先順位マトリクスを添えるスライド構成が有効である。
経営層向けには、段階移行によるリスク低減効果を時系列のロードマップで示すことが説得力を高める。
導入メリットと注意点
コンポーザブルERP導入の主なメリットは、以下の3点である。
- 必要な機能だけを段階的に組み替えられる俊敏性
- 不要な機能への投資を避けられるコスト最適化
- 各業務領域で最適な製品を選べるベスト・オブ・ブリードの実現
一方で注意点も多い。部門ごとに異なるベンダーを選定できる自由度の高さは、統一したデータガバナンスを欠くと部門間の利害対立やデータの分断を招く。
特に、コード・マスタの一元管理やデータガバナンスの標準化が事前に設計されていないと、データ連携層(データファブリックやETL)の構築負荷が想定以上に膨らみやすい。
また、連携するコンポーネントが増えるほどシステム構成は複雑化し、適切な管理を怠るとセキュリティホールが生まれる可能性もある。
適用限界としては、業種特有の複雑な業務プロセスを一枚岩のパッケージで標準化してきた企業や、IT人材・API管理体制が未整備な企業にとっては、コンポーザブル化がかえって運用負荷を高めるケースもあり、段階的な組織能力の構築が前提条件となる。
ガートナーは、こうした課題に対応するため、IT部門と事業部門が共同でシステム企画・運用にあたる「フュージョンチーム」の組成を提唱しており、技術導入だけでなく組織体制の変革が不可欠である点は、経営コンサルティングの支援価値が発揮される領域でもある。
コンサル採用面接で問われる理由
コンポーザブルERPという用語そのものを面接官が直接掘り下げて問うことは多くない。
ただし、業務を機能単位に分解し、優先順位をつけて段階的に組み替えるという思考の型は、ケース面接で複雑な経営課題を構造化する際の考え方と重なる部分がある。
全体を一度に変えるのではなく、影響範囲とリスクを見極めながら部分最適から全体最適へと積み上げる発想を内面化しておくと、システム関連のケースに限らず、論理展開に説得力が生まれる。
用語や技術要素を丸暗記するというよりも、背景にある考え方の骨格をおさえておくことが、面接での受け答えに厚みを持たせる基盤になる。
FAQ
Q1. コンポーザブルERPとは何か。
コンポーザブルERPとは、業務機能をPBCと呼ばれる部品単位に分解し、API連携によって企業ごとに柔軟に組み合わせて構築するERPの戦略的アプローチである。
ガートナーが2020年に打ち出した概念であり、従来のように単一パッケージで全業務を賄うのではなく、財務会計などのコア機能と、変化が激しい業務領域向けの個別SaaSを組み合わせ、データファブリックでリアルタイムに連携させる点に特徴がある。全社を一度に刷新するのではなく、必要な領域から段階的に組み替えられる柔軟性が、従来型ERPとの最大の違いである。
Q2. ポストモダンERPとの違いは何か。
ポストモダンERPは、コンポーザブルERPの前段階にあたる概念であり、コアERPに周辺業務システムを連携させる構成を指す。両者の違いは部品化の粒度にある。
ポストモダンERPは業務領域単位でシステムを分割するのに対し、コンポーザブルERPはさらに細かいPBC単位で機能を組み替え可能にし、MACHなどの技術思想を活用する点が異なる。
ガートナーは2014年にポストモダンERPを、2020年にコンポーザブルERPを打ち出しており、後者はより高い柔軟性と拡張性を志向する発展形と位置づけられる。
Q3. コンポーザブルERPはどのように使われるか。
コンポーザブルERP導入の基本フローは、現行ERPの棚卸しから始まり、コアに残す機能とPBCとして切り出す機能を仕分け、API管理基盤とデータファブリックを整備した上で、優先領域から段階的にコンポーネントを追加していく手順を取る。
フェーズ別に見ると、初期フェーズでは会計など統制重視の機能をコアに残し、拡大フェーズでは在庫・生産など変化の激しい領域をSaaS化し、成熟フェーズではAIによる分析・予測基盤を組み合わせる、という段階的な技術活用のパターンが一般的である。
Q4. コンサルティング業務でどのように活用されるか。
コンサルティング業務では、コンポーザブルERPは業務改革プロジェクトにおける基幹システム刷新の選択肢の一つとして活用される。
具体的には、現状のシステム構成を診断し、切り出し候補領域の優先順位付けと投資対効果の試算を行うフェーズでコンサルタントの支援価値が発揮される。
また、部門横断でのガバナンス設計やベンダー選定支援など、技術知識と経営視点の両方が求められる領域であるため、ITコンサルティングと業務コンサルティングの接点となるテーマでもある。
ERPコンサルタントとしてのキャリアを検討する場合、こうした部分最適と全体最適を両立させる設計経験は、評価されやすいスキルの一つである。
Q5.コンポーザブルERPに関するよくある誤解は何か。
コンポーザブルERPを「ERPを使わずSaaSだけで業務を回す仕組み」と誤解するケースがあるが、これは正確ではない。
実務上は、統制が重視される会計などの機能はコアERPに残しつつ、変化の激しい領域のみを個別コンポーネントに置き換えるハイブリッドな構成が一般的である。
また「導入すれば自動的にコストが下がる」という誤解も見られるが、コンポーネント間の連携基盤整備やガバナンス構築には相応の投資が必要であり、単純な低コスト化を保証する仕組みではない点に注意が必要である。
Q6. 導入時に失敗しやすいパターンは何か。
コンポーザブルERP導入で失敗しやすいのは、統制すべきデータ領域まで部門判断で自由にベンダーを選定させてしまい、全社横断でのガバナンスが機能不全に陥るパターンである。目的を明確化しないままシステム刷新そのものを目的化してしまうと、稼働後に現場へ浸透しない事態も起こりうる。
こうした失敗を避けるには、切り出し範囲と統制範囲の線引きを事前に合意し、コード・マスタの一元管理やデータガバナンスの標準化を先行して整備したうえで、優先度の高い業務から段階的に適用範囲を広げるアプローチが有効である。
まとめ(実務整理)
コンポーザブルERPは、業務機能を部品単位で組み替えながら段階的にシステムを進化させるという、変化対応力を重視したERPの戦略的アプローチである。
従来型ERPが抱えていた「刷新に時間がかかる」「不要な機能にもコストがかかる」という課題に対し、必要な領域から柔軟に組み替えるという発想は、事業環境の変化が速い企業にとって参考になる考え方である。
コンサルティング業務においては、現状のシステム構成診断から切り出し領域の優先順位付け、ガバナンス設計まで、技術と経営の両面から支援できるテーマとして理解しておくとよい。
採用面接との関係で言えば、用語そのものを深く問われる場面は多くないが、機能を分解し段階的に組み替えるという思考の骨格をベーシックな知識としておさえておけば十分な基盤になる。
出典
- Gartner「Latest Enterprise Resource Planning (ERP) Insights」 https://www.gartner.com/en/information-technology/topics/enterprise-resource-planning
- Gartner「What is Data Fabric?」 https://www.gartner.com/en/data-analytics/topics/data-fabric
- 株式会社NTTデータ グローバルソリューションズ「コンポーザブルERPとは?」 https://www.nttdata-gsl.co.jp/related/column/what-is-composable-erp.html
- グラントソントン・ジャパン インサイト「統合業務システムの新しい潮流『コンポーザブルERP』」 https://www.grantthornton.jp/insight/newsletter/ceo-mr/202505/
こちらよりお問い合わせください
- 条件から探す
- カテゴリから探す