リテールメディア
店舗やECサイトを訪れる顧客の購買データは、単なる販売管理の記録にとどまらず、それ自体が新たな収益源になり得るのではないか。この問いに実践で答えを出しているのが、リテールメディア(Retail Media)という事業領域である。
Amazon AdsをはじめとするECサイト内広告の成功を契機に、小売事業者は従来の商品の仕入れと販売による収益に加え、ECサイトやアプリ、店舗内デジタルサイネージといった顧客接点を広告枠として開放し、メーカーや卸売業者から広告収入を得る動きを世界的に広げてきた。
背景には、サードパーティCookieを巡る規制強化やブラウザ各社のプライバシー保護強化により、小売事業者が自ら保有する購買データ(ファーストパーティデータ)の価値が相対的に高まったという事情がある。
マーケティング戦略やリテール業界の事業再構築に関わるコンサルティング業務において、リテールメディアの仕組みと、既存の広告ビジネスとの違いを押さえておく価値は小さくない。
リテールメディアとは
「リテールメディア」という呼び方自体は新しいものだが、その中身は決して目新しい取組みばかりではない。ECサイト内の検索結果に表示される商品広告や、店舗のデジタルサイネージ、会員アプリを通じたクーポン配信は、以前から個別に存在していた。
「Retail Media Network」という呼称自体は2018年頃から使われ始めていたが、これらの取組みが2020年代に入り「リテールメディア」という一つの総称のもとに急速に束ねられ、一つの広告事業領域として認識されるようになった。
この分野で世界的に影響力を持つのが、米国の広告業界団体IAB(Interactive Advertising Bureau:インタラクティブ広告ビューロー)である。検索エンジンに広告を掲載する検索広告を「デジタル広告の第一の波」、Facebook等のソーシャルメディア上に広告を出稿するソーシャル広告を「第二の波」とし、リテールメディアをこれに続く「第三の波(Third Wave)」と位置づける見方は、IABをはじめBCGやeMarketer等の業界レポートでも広く用いられており、IABでもこの表現を用いてリテールメディアを紹介している。
IABは2023年7月に「リテールメディア・バイヤーズガイド」を公表し、同年9月には、1963年に米国議会の要請を受けて設立された非営利のメディア測定基準団体であるMRC(Media Rating Council)と共同で「リテールメディア測定ガイドライン」を策定した。
日本国内では、JIAA(一般社団法人日本インタラクティブ広告協会:1999年に「インターネット広告推進協議会」として発足し、2017年にIABのグローバルネットワークに加盟して「IAB Japan」を名乗るようになった業界団体)が、こうした国際的な動向を注視しつつ活動している。
リテールメディアが急速に注目を集めるようになった背景には、プライバシー保護の強化がある。AppleのSafariにおけるITP(Intelligent Tracking Prevention)の導入や、EUのGDPR(一般データ保護規則)等により、従来のようにウェブ全体を横断してユーザーを追跡する広告手法は難しくなりつつある(なお、Googleは2024年にサードパーティCookieの完全廃止方針を撤回し、ユーザーの選択に委ねる仕組みであるPrivacy Sandbox関連の取組みに軸足を移しているが、業界全体としてサードパーティCookieへの依存を下げる流れそのものは継続している)。
これに対し、小売事業者が自社の会員登録やアプリ、購買履歴を通じて直接収集するファーストパーティデータは、こうした規制やブラウザ側の変化の影響を受けにくい。この特性が、広告主にとってのリテールメディアの魅力を押し上げている。
境界条件として押さえておきたいのは、リテールメディアが対象とする広告接点の幅広さである。IABは、ECサイトやアプリ内で展開する「オンサイト広告」、小売事業者の顧客データを外部の広告枠に活用する「オフサイト・ディスプレイ広告」、SNS上で商品の閲覧から購入までを完結させる「ソーシャルコマース」、コネクテッドTV(CTV)上の広告、実店舗のデジタルサイネージ等による「インストア広告」まで、複数の領域を対象に含めて整理している。単一のチャネルに限定された概念ではない点に注意が必要である。
| 類型 | 広告接点 | 具体例 |
|---|---|---|
| オンサイト広告 | 小売事業者自身のECサイト・アプリ | 検索結果連動型の商品広告、おすすめ枠等 |
| オフサイト・ディスプレイ広告 | 小売事業者の顧客データを活用した外部媒体(DSP、CTV、Open Web等) | 外部サイト・アプリ上のディスプレイ広告等 |
| ソーシャルコマース | SNSプラットフォーム | SNS上での商品閲覧から購入までを完結させる広告枠等 |
| CTV広告 | コネクテッドTV(インターネット接続対応テレビ) | 動画配信サービス等のテレビ画面上の広告 |
| インストア広告 | 実店舗 | デジタルサイネージ、レジ画面広告等 |
具体例/ミニケース
ドラッグストアチェーンV社が、自社の会員アプリを軸にリテールメディア事業へ参入するケースを考えてみたい。V社は数百万人規模の会員基盤を持ち、購買履歴データを日々蓄積していたが、これまでこのデータは自社の販促施策にしか活用していなかった。
そこでV社は、メーカー各社に対し、会員の購買データをもとにしたターゲティング広告枠をアプリ内に開放する取組みを始めた。具体的には、特定の商品カテゴリを頻繁に購入する会員に対して、競合ブランドや関連商品の広告を配信する仕組みを構築し、あわせて店舗レジ横のデジタルサイネージにも同様のターゲティング広告を展開した。
広告の効果は、実際の購買データと突き合わせることで、クリック数だけでなく売上への貢献度まで可視化できるようにした。この取組みにより、V社は物販に依存しない新たな収益源を確保すると同時に、メーカー側には従来の店頭販促よりも精度の高いマーケティング手段を提供することができた。
このケースが示すように、リテールメディアの強みは、広告接点の提供にとどまらず、実際の購買につながったかどうかまで検証できる測定精度にある。
アドネットワーク・アフィリエイト広告との違い
リテールメディアは、デジタル広告の他の仕組みと混同されやすい。「広告主の商品を第三者の媒体に露出させる」という点は共通しているものの、広告枠の性質やデータの出所が異なる。
| 仕組み | 活用するデータ | 購買との接続 |
|---|---|---|
| リテールメディア | 小売事業者が保有する会員・購買データ(ファーストパーティデータ) | 実際の購買データと広告接触を突き合わせて効果測定が可能 |
| 従来型アドネットワーク | Cookie等、サイト横断的に収集される行動データ | クリックや表示回数が中心で、購買との直接的な接続は限定的 |
| アフィリエイト広告 | 成果報酬に基づく紹介実績 | 紹介経由の成約は把握できるが、購買データそのものは保有しない |
コンサルティング業務での位置づけ
論点設計(イシュー出し)
小売事業者向けの新規事業開発プロジェクトでは、既存の会員データや広告接点をどこまでリテールメディアとして収益化できるかという論点整理が初期段階で発生する。コンサルタントは、保有するデータの質と量、既存のIT基盤の整備状況を踏まえて、事業化の可能性を見極める役割を担う。
現状分析(As-Is整理)
現状分析のフェーズでは、自社サイト・アプリ・店舗の広告在庫(アドインベントリー)を洗い出し、既存の販促予算やメーカーとの取引関係を棚卸しする。あわせて、競合他社や海外先行事例におけるリテールメディア収益の規模感を把握し、自社にとっての事業機会を測る材料とする。
施策設計(To-Be)
施策設計の段階では、広告配信システムの内製・外部委託の選択、広告主向けの営業体制の構築、効果測定のためのデータ連携方法等を整理し、収益化までのロードマップを描く。あわせて、個人情報保護の観点から、顧客データをどこまで広告主と共有できるかという法務面の論点も検討する。
資料作成(スライド構造)
経営層向け資料では、自社の広告接点を「オンサイト」「オフサイト・ディスプレイ」「ソーシャルコマース」「CTV」「インストア」の各領域に整理した俯瞰図と、想定される収益規模・投資額を示す試算表をセットで示す構成が定番である。事業全体の絵姿と収益性の見通しを一枚で確認できる構造にすることで、経営層が投資判断をしやすくなる。
導入メリットと注意点
小売事業者がリテールメディア事業に参入する最大のメリットは、物販事業とは異なる収益源を確保できる点にある。広告収入は一般に粗利率が高く、既存の顧客基盤や販売インフラを追加投資なしに活用できる場合も多い。広告主にとっても、実際の購買データに基づく精度の高いターゲティングと効果測定が可能になるという利点がある。
一方で、注意すべき点も少なくない。まず、顧客データを広告目的で活用するには、個人情報保護法等の法令を踏まえた適切な同意取得や利用目的の明示が欠かせない。次に、広告事業を本格的に展開するには、広告配信システムや効果測定基盤への投資、広告営業の専門人材の確保が必要であり、片手間で始められる事業ではない。
さらに、自社の顧客接点を広告枠として提供することは、ユーザー体験を損なうリスクとも隣り合わせであり、広告の量や表示方法を誤ると、かえって顧客満足度の低下を招きかねない。これらを踏まえ、実務では、収益性だけでなく顧客体験への影響も含めて、段階的に事業を拡大していく設計が求められる。
コンサル採用面接で問われる理由
コンサルティングファームの採用面接で、リテールメディアという用語そのものがそのまま問われる場面は多くない。ただし、小売・消費財業界の事業戦略をテーマにしたケース面接では、既存の顧客データや接点をどう新たな収益源に転換するかという論点が扱われることがあり、その際に「保有するデータそのものが事業資産になり得る」という視点を持っているかどうかが、回答の厚みに影響する。
単に「広告事業を始める」という発想にとどまらず、ファーストパーティデータの価値という背景まで踏み込んで語れると、業界動向を踏まえた説得力のある議論を展開しやすい。
こうした構造を理解しておくことは、ケース解答の質を底上げする一助となる。リテールメディアの類型や測定手法の細部を暗記する必要はなく、小売事業者が持つデータそのものに価値があるという発想の骨格を押さえておけば、面接の議論の中で自然に応用できる知識となる。
FAQ
Q1. リテールメディアとは、どのような事業か。
リテールメディアとは、小売事業者が保有する顧客データやECサイト・アプリ・店舗等の広告接点を活用し、メーカー等の広告主向けに展開する広告ビジネスである。
英語表記はRetail Mediaであり、Amazon等のECサイト内広告や店舗のデジタルサイネージ等、個別に存在していた取組みが2020年代に一つの総称のもとに束ねられて広く認識されるようになった。米国の業界団体IABは、これを検索広告・ソーシャル広告に続く「デジタル広告の第三の波」と位置づけている。
Q2. リテールメディアと従来型のアドネットワークとは、何が違うのか。
最も大きな違いは、活用するデータの出所と、購買との接続度合いにある。従来型のアドネットワークは、サイトを横断して収集されるCookie等の行動データを主に用い、クリックや表示回数が主要な指標となる。
これに対しリテールメディアは、小売事業者自身が保有する会員登録情報や購買履歴(ファーストパーティデータ)を活用し、広告接触と実際の購買実績を突き合わせた効果測定が可能である点が特徴となる。
Q3. リテールメディア事業は、どのような手順で立ち上げるのか。
実務における一般的な手順は、まず自社が保有する顧客データと広告接点(サイト・アプリ・店舗)の棚卸しから始まる。次に、広告配信・効果測定の仕組みを内製するか外部プラットフォームを利用するかを検討し、広告主となり得るメーカーや卸売業者との関係を整理する。
試験的に一部の広告枠から展開を始め、効果測定の結果を踏まえて対象カテゴリや広告フォーマットを段階的に拡大していくのが一般的な流れである。
Q4. コンサルティングプロジェクトでは、リテールメディアはどのように扱われているのか。
コンサルティングの現場では、小売事業者が新規収益源としてリテールメディア事業への参入可能性を検討する際に、保有データの評価や事業規模の試算を支援する場面でこの領域が扱われる。
また、メーカー側の広告主に対しては、複数のリテールメディアプラットフォームへの出稿戦略を比較検討し、投資対効果の高いチャネル配分を整理する役割を担うこともある。
Q5. リテールメディアについて、どのような誤解が生じやすいのか。
よくある誤解の一つは、店舗にデジタルサイネージを設置したり、アプリにバナー広告枠を作ったりするだけでリテールメディア事業が成立すると考えてしまうことである。実際には、保有データを活用したターゲティングと、購買実績に基づく効果測定の仕組みが伴って初めて、他の広告手法との差別化が生まれる。
もう一つの誤解は、リテールメディアがAmazonのような大手ECサイトに限られた取組みだと考えてしまうことであり、実際には実店舗を中心とする小売事業者も、会員アプリやデジタルサイネージを通じて参入を進めている。
Q6. リテールメディア市場は、今後どのように広がっていく可能性があるのか。
複数の民間調査会社の推計によれば、国内のリテールメディア広告市場は、大手ECサイト事業者を中心とした成長から、実店舗を持つ小売事業者による取組みへと裾野を広げつつあり、市場規模全体の拡大が続くと予測されている。
IABが2023年に測定ガイドラインを整備したように、業界横断での標準化の議論も進んでおり、今後は個々の企業の取組みにとどまらず、業界全体としての効果測定の透明性向上が焦点になっていくと見込まれる。
まとめ(実務整理)
リテールメディアは、小売事業者が保有する顧客データやECサイト・アプリ・店舗等の広告接点を活用し、メーカー等の広告主向けに展開する広告ビジネスである。
個別に存在していた店内広告やアプリ内広告が、サードパーティCookie規制を背景としたファーストパーティデータの価値上昇を追い風に、2020年代に一つの事業領域としてまとまりを持つようになった点に実務上の意義がある。従来型のアドネットワークやアフィリエイト広告とは、活用するデータの出所と購買との接続度合いという点で異なる性質を持つ。
コンサルティング業務との関係でいえば、小売事業者が保有するデータをどう収益化するかという視点が、リテール業界の事業戦略プロジェクトにおいて参考になる。採用面接との関係でいえば、測定手法の細部を暗記する必要はなく、保有データそのものが事業資産になり得るという発想の骨格を押さえておけば、十分な知識基盤となる。
出典
- 一般社団法人日本インタラクティブ広告協会(JIAA/IAB Japan)「概要」
https://www.jiaa.org/jiaa/gaiyo/ - リテールメディアJAPAN「IABが店舗内リテールメディアの定義と測定を標準化」
https://www.retail-media.co.jp/post/iab_in_store_retail_media_standards - プログラマティカ「IAB『リテールメディア・バイヤーズガイド』」
https://www.programmatica.co.jp/ume-blog028/
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