デジタルセラピューティクス(DTx)

デジタルセラピューティクス(Digital Therapeutics:DTx)とは、疾患の予防・管理・治療を目的として、科学的根拠に基づく治療効果をもたらすよう設計されたソフトウェアを用いる医療的介入である。

スマートフォンが広く普及した今、なぜソフトウェアそのものが「治療薬」のように処方される時代が訪れているのか。服薬指導や生活習慣の是正、認知行動療法等、これまで対面の診療でしか提供できなかった治療的介入を、ソフトウェアを通じて再現し、医薬品や既存治療を補完・代替しようとする動きが世界的に広がっている。

こうした技術群を指す言葉がデジタルセラピューティクス(DTx)であり、日本でも国内初のDTxとして薬事承認を受けた治療用アプリが登場するなど、実用化が進んでいる。医療機器産業の成長領域として、コンサルティング業界でもヘルスケア分野の重要テーマとして関心が高まっている。

デジタルセラピューティクスとは

デジタルセラピューティクスという用語について、業界団体であるDigital Therapeutics Alliance(DTA:デジタルセラピューティクスの理解・普及・実装を推進する国際的な非営利業界団体。2017年10月に、Akili Interactive、Propeller Health、Voluntis、WellDocの4社を創設メンバーとして設立された)は、疾患・障害・状態・怪我の治療や緩和を目的として医療的に介入し、治療効果をもたらす医療用ソフトウェアと説明している。

DTxは、単に健康管理や生活習慣の記録を行うヘルスケアアプリとは異なり、疾患の予防・管理・治療を目的として、科学的根拠に基づく治療的介入を提供するソフトウェアである。製品の用途や各国の規制体系によっては、医療機器として規制当局の審査・承認等を受ける必要がある。

日本国内でDTxを医療機器として事業化する場合、ソフトウェア単体の医療機器である「医療機器プログラム(SaMD:Software as a Medical Device)」として薬機法の規制対象となるケースがある。その場合、承認・認証等の取得が事業化における重要な論点となる。

史実としては、2017年9月、米国のPear Therapeutics社が開発した「reSET」(物質使用障害を対象とする治療用アプリ)が、米連邦食品医薬品局(FDA)からDe Novo経路による販売許可を受け、疾患治療を目的とする処方箋型デジタルセラピューティクスの先駆的事例となった。

日本国内では、2014年7月設立の株式会社CureAppが開発した「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」が、2020年8月に薬事承認を取得し、同年12月に保険適用となった。同製品は、日本で初めて薬事承認を取得したDTxとして知られている。

時期 出来事 主体
2017年9月 「reSET」がFDAのDe Novo経路で販売許可、処方箋型DTxの先駆的事例に Pear Therapeutics(米国)
2017年10月 Digital Therapeutics Alliance(DTA)設立 Akili Interactive等4社
2020年8月 「CureApp SC」が薬事承認、日本初のDTxとして知られる CureApp(日本)/厚生労働省
2020年12月 同製品が保険適用 厚生労働省

デジタルセラピューティクスの具体例

ある医療機器スタートアップD社が、生活習慣病患者向けの行動変容支援アプリの事業化を検討するケースで考えてみる。

D社ではこれまで、糖尿病患者に対する食事・運動指導が、外来診療の限られた時間の中では十分に行き届かないという課題を認識していた。そこでD社は、患者の日々の食事記録や運動量をアプリで収集し、行動科学の知見に基づいた介入メッセージを送ることで、生活習慣の改善を支援するソフトウェアの開発に着手した。

このソフトウェアが治療効果を目的とした医療機器プログラム(SaMD)に該当する可能性が高いことから、D社は独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)へ早期に相談し、必要となる臨床評価等のデータについて確認しながら、開発計画を進めることとした。このケースが示すように、DTxの事業化では、行動科学に基づくソフトウェア設計と、規制対応を見据えた臨床評価の両立が実務上の重要な論点となる。

デジタルセラピューティクスとヘルスケアアプリ・SaMD一般の違い

デジタルセラピューティクスは、対象範囲の近さから、一般的なヘルスケアアプリや医療機器プログラム(SaMD)全般としばしば混同される。一般的なヘルスケアアプリの多くは、食事や運動の記録等を目的としており、必ずしも薬機法上の医療機器に該当せず、治療効果の実証も前提としない。

これに対しDTxは、疾患の予防・管理・治療を目的とする科学的根拠に基づく治療的介入を提供する点で異なり、製品の用途や各国の規制体系によっては医療機器としての審査・承認等を受ける必要がある。また、SaMDは診断・治療等の医療目的で用いられるソフトウェア全般を指す規制上の概念であり、DTxとは重なる領域がある。DTxのうち、日本の薬機法上の医療機器に該当する製品は、SaMDとして規制される。

概念・手法 主な目的 科学的根拠・規制対応 主な使用場面
デジタルセラピューティクス(DTx) 疾患の予防・管理・治療 臨床試験等による実証。用途・規制体系によっては審査・承認等が必要 禁煙治療、高血圧治療補助等
一般的なヘルスケアアプリ 健康管理、生活習慣の記録 必ずしも治療効果の実証を前提としない 歩数計、食事記録アプリ等
SaMD全般 診断・治療等の医療目的で用いられるソフトウェア 薬機法上の医療機器としての承認・認証等 AI画像診断等、DTxと重なる領域がある

コンサルティング業務における位置づけ

コンサルティング業務では、製薬企業や医療機器メーカー、異業種企業によるヘルスケア分野への参入検討などにおいて、DTxが論点となる場合がある。

以下の4つの実務観点で位置づけを整理する。

論点設計(イシュー出し)

クライアント企業が対象とする疾患領域や介入手法が、既存の医薬品・治療法をどう補完・代替しうるかという論点設計から着手する。対象ソフトウェアが薬機法上の医療機器に該当するかどうかも、この段階で見極めておくべき重要な論点である。

現状分析(As-Is整理)

対象疾患領域における国内外のDTx開発・承認事例や、保険適用の状況を棚卸しする。医師・患者双方の受容状況や、既存治療との併用可能性を把握する作業も、この段階で行う。

施策設計(To-Be)

対象ソフトウェアの規制区分に応じた臨床評価・承認戦略と、保険適用・保険償還までを見据えた事業化ロードマップを設計する。自社単独での開発が難しい場合は、医療機関やアカデミアとの共同研究といった連携形態の検討も、この段階での重要な論点である。

資料作成(スライド構造)

経営層向け資料では、臨床評価の進捗と、承認・認証取得から保険適用までのマイルストーンを対応させたロードマップを示す構成が、事業の不確実性を伝えるうえで有効である。あわせて、想定される対象患者数と、開発・臨床評価にかかる期間・コストを併記することで、投資判断がしやすい資料設計が求められる。

デジタルセラピューティクス活用のメリットと注意点

DTxの主なメリットは、対面診療だけでは提供しきれない継続的な行動変容支援を、場所や時間の制約を受けにくい形で患者に届けられる可能性があることである。医師にとっても、患者の日々のデータを通じて治療の進捗を把握しやすくなり、限られた診療時間の中での意思決定を支援する効果が期待されている。

一方で、注意すべき点も多い。

第一に、治療効果の実証には臨床試験等の相応の期間とコストがかかり、事業計画に大きな不確実性をもたらす。

第二に、保険適用の可否や償還価格の水準が、事業として成立するかどうかを大きく左右するため、承認取得だけでなく保険収載までを見据えた戦略が必要となる。

第三に、患者による継続的な利用(アドヒアランス)が治療効果の前提となるため、使いやすさや動機づけの設計が不十分だと、期待した効果が得られない可能性がある。

導入コストとしては、ソフトウェア開発費用に加え、非臨床試験・臨床試験の実施費用、承認・認証申請にかかる費用等も考慮する必要がある。厚生労働省の「MEDISO」や経済産業省の「InnoHub」といった医療系ベンチャー向けの相談窓口の活用可能性も、事業化検討における論点となる。

コンサル採用面接で問われる理由

DTxの個別技術そのものが、コンサルティングファームの面接で詳細に問われるとは限らない。

ケース面接等でヘルスケア・医療業界をテーマとして扱う場合には、DTxそのものの知識だけでなく、規制対応と保険償還という2つの不確実性を踏まえながら事業性をどう評価するかという視点が重要になる。単に「新しい治療アプリを開発すべき」と述べるだけでなく、承認取得後の保険適用までを見据えて語れると、議論に厚みが生まれる。

こうした視点を備えておくことは、ケース解答の質を底上げする一助になる。少なくともケース面接対策としては、個別の臨床試験デザインを詳細に暗記するよりも、規制産業における事業性評価の考え方の骨格を理解しておけば、面接の議論の中で自然に応用できるといえる。

FAQ

Q1. デジタルセラピューティクスとは、どのような技術か。

デジタルセラピューティクスとは、疾患の予防・管理・治療を目的として、科学的根拠に基づく治療効果をもたらすよう設計されたソフトウェアを用いる医療的介入である。2017年、米国のPear Therapeutics社の「reSET」がFDAのDe Novo経路で販売許可を取得し、処方箋型DTxの先駆的事例となったことを契機に、国際的に注目が高まった。日本では2020年に国内初の薬事承認を受けたDTxが登場し、保険適用されたことで、実用化の段階に入っている。

Q2. デジタルセラピューティクスとヘルスケアアプリ・SaMDは、何が違うのか。

最も大きな違いは、治療効果の科学的根拠と規制対応の有無にある。一般的なヘルスケアアプリは、健康管理や生活習慣の記録を目的とし、必ずしも治療効果の実証を前提としない。

これに対しDTxは、疾患の予防・管理・治療を目的とする科学的根拠に基づく治療的介入を提供する点で異なり、用途や規制体系によっては医療機器としての審査・承認等が必要となる。

SaMDは診断・治療等の医療目的で用いられるソフトウェア全般を指す規制上の概念であり、DTxとは重なる領域がある。DTxのうち日本の薬機法上の医療機器に該当する製品は、SaMDとして規制される。

Q3. デジタルセラピューティクスは、どのように事業化が進められているのか。

実務における基本的な進め方は、まず対象ソフトウェアが薬機法上の医療機器に該当するかどうかを見極めることから始まる。該当する場合は、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)への早期相談を行いながら、必要となる臨床評価等のデータについて確認しつつ、開発計画を進める。事業化を支える公的支援策としては、厚生労働省の「MEDISO」や経済産業省の「InnoHub」といった相談窓口があり、規制対応の初期段階から活用することが実務上のポイントとなる。

Q4. コンサルティングの現場では、デジタルセラピューティクスはどのように扱われているのか。

コンサルティング業務では、製薬企業や医療機器メーカーの新規事業戦略、異業種企業によるヘルスケア分野への参入検討などにおいて、DTxが論点となる場合がある。ヘルスケアコンサルティング領域では、対象疾患の選定から、臨床評価戦略の立案、保険償還を見据えた投資対効果(ROI)の試算までを一体で支援する役割を担う場合がある。医療機関向けには、既存治療とDTxを組み合わせた診療フローの検討という文脈で扱われることもある。

Q5. デジタルセラピューティクスについて、よくある誤解は何か。

よくある誤解の一つは、健康管理アプリであれば何でもDTxと呼べると考えてしまうことである。

実際には、疾患の予防・管理・治療を目的とする科学的根拠に基づく治療的介入である点が前提となり、単なる記録・管理機能を持つアプリとは区別される。用途や規制体系によっては医療機器としての審査・承認等も必要となる。

もう一つの誤解は、承認さえ取得できればすぐに普及すると考えてしまうことであるが、実際には保険適用の可否や患者の継続利用といった要素も普及を左右する点に注意が必要である。

まとめ(実務整理)

デジタルセラピューティクスは、科学的根拠に基づく治療効果をもたらすよう設計されたソフトウェアを用いる医療的介入であり、一般的なヘルスケアアプリとは規制対応・エビデンスの水準の面で一線を画す。

2017年の「reSET」の登場から、2020年の国内初の薬事承認・保険適用に至る経緯を理解しておくと、ヘルスケアアプリやSaMD全般との違いも整理しやすくなる。

薬機法上の医療機器プログラムとしての規制対応とも重なりながら、医療の質と患者の継続的な行動変容を支える手段として関心が高まってきた点に実務上の意義がある。

コンサルティング業務との関係でいえば、規制対応と保険償還という2つの不確実性を踏まえながら事業性を評価する視点が、ヘルスケア関連プロジェクトにおいて参考になる。

採用面接との関係についても、個別の臨床試験デザインを暗記する必要はなく、規制産業における事業性評価の考え方の骨格を押さえておけば、十分な知識基盤となるだろう。

出典

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