バイオものづくり(合成生物学)
化石資源に頼らない産業基盤への転換が急がれる中、なぜ今、微生物を「工場」として使う発想が注目されているのか。カーボンニュートラルの実現や資源の地政学的リスクへの対応が世界的な課題となる中、化学プロセスに代わって、微生物等の生物機能を活用して物質を生産する手法への期待が高まっている。
こうした技術群を指す言葉がバイオものづくりであり、合成生物学やゲノム編集、AI・データ解析等の技術を組み合わせることで、生産性の向上や新たな物質の生産を目指す取り組みも進められている。
その基盤技術の一つである合成生物学は、遺伝子配列や代謝経路を設計し、生物機能をデザインする学問として、経済産業省の資料でも位置づけられている。化学・素材・医薬品等、幅広い産業への応用可能性から、コンサルティング業界でも成長領域として関心が高まっているテーマである。
バイオものづくりとは
バイオものづくりは、遺伝子技術等のバイオテクノロジーを活用し、微生物や動植物等の細胞によって化学素材・燃料・医薬品・食品等の有用な物質を生産する、経済産業省・NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)等が用いる政策・産業用語である。
合成生物学は、遺伝子配列や代謝経路を設計し、生物機能をデザインする学問と経済産業省の資料で説明されており、バイオものづくりを支える重要な基盤技術の一つに位置づけられる。DNA合成、ゲノム編集、AI・データ解析等の技術進展を背景に、近年急速に発展している分野である。
バイオものづくりでは、物質生産性を高めるため、遺伝子改変や情報科学を活用して「スマートセル」と呼ばれる高生産性の細胞を設計・開発する取り組みが進められている。
こうしたスマートセルの設計・構築・評価を、自動化・情報技術を組み合わせたDBTL(Design-Build-Test-Learn:設計・構築・試験・学習を繰り返すサイクル)により高速化する研究開発拠点は「バイオファウンドリ(Biofoundry)」と呼ばれ、半導体産業における製造専門工場を指す「ファウンドリ」という語を援用した呼称である。
以下は、バイオものづくりを構成する主要な技術・基盤の関係を整理したものである。
史実としては、経済産業省が所管するNEDOが2016年度に「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発(スマートセルプロジェクト)」を開始し、微生物等を用いた高機能品生産技術の基盤を構築してきた。
あわせて、政府全体の戦略としては、統合イノベーション戦略推進会議が2019年6月11日に「バイオ戦略2019」を決定し、2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現するという目標を掲げたことで、バイオものづくりを含むバイオ関連施策が政策的に体系化された。
同戦略は、2024年6月3日に開催された同会議において「バイオエコノミー戦略」へと名称を改めて改定されている。その後、NEDOは2020年度から「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発」を開始した。さらに2022年度からは「バイオものづくり革命推進事業」を立ち上げ、未利用資源の収集・原料化から生産・分離・精製・加工、社会実装に必要な制度・標準化までを含む、バイオものづくりのバリューチェーン構築に必要な技術開発・実証を一貫して支援している。
| 構成要素 | 役割 | 具体例 |
|---|---|---|
| 合成生物学 | 遺伝子配列・代謝経路の設計技術 | DNA合成、ゲノム編集等 |
| スマートセル | 物質生産性を高度に高めた細胞そのもの | 高機能品生産用の改変微生物等 |
| バイオファウンドリ | スマートセルを自動化・高速で開発する拠点 | 国内外の専門開発拠点 |
| バイオものづくり | スマートセルを用いた物質生産プロセス全体 | 化学品・素材・燃料等の生産 |
バイオものづくりの具体例
ある化学メーカーB社が、主要製品の原料である化石由来化学品の価格変動リスクを背景に、バイオものづくりの導入を検討するケースで考えてみる。
B社ではこれまで、特定の機能性化学品を石油由来原料から製造しており、原油価格の変動が収益を左右する構造的な課題を抱えていた。そこでB社は、バイオファウンドリを持つ研究機関と共同で、目的物質を生産できるよう代謝経路を設計した微生物(スマートセル)の開発に着手した。開発にあたっては、自社単独での合成生物学的な設計能力に限界があったことから、外部のバイオファウンドリへの委託や、大学発スタートアップとの連携も検討した。
あわせて、量産化に至るまでには実験室レベルでの生産と工業スケールでの生産との間に大きな技術的な壁があることから、段階的な検証プロセスを事業計画に織り込むこととした。このケースが示すように、バイオものづくりの事業化では、原料調達リスクの分散という経営課題と、スマートセル開発という高度な技術課題の両立が実務上の重要な論点となる。
バイオものづくりと合成生物学・従来の発酵技術の違い
バイオものづくりは、対象範囲の近さから、合成生物学や従来の発酵技術としばしば混同される。
合成生物学は、遺伝子配列や代謝経路を設計する学問・技術そのものを指す言葉であり、バイオものづくりは、こうした技術を応用して物質生産を行う産業活動全体を指す点で異なる。
従来の発酵技術(酒類や味噌等、微生物の代謝機能を利用して物質を生産する、長い歴史を持つ生産技術)は微生物の力を借りる点でバイオものづくりと共通するが、近年のバイオものづくりでは、ゲノム編集や代謝経路設計等を活用して、生産性を高めたり新たな物質を生産させたりするアプローチが発展している。両者は対立する二分法ではなく、連続的に発展してきた技術群である。
| 概念・手法 | 対象範囲 | バイオものづくりとの関係 | 主な使用場面 |
|---|---|---|---|
| バイオものづくり | スマートセルを用いた物質生産プロセス全体 | 対象そのもの | 化学品・素材・燃料等の生産 |
| 合成生物学 | 遺伝子配列・代謝経路の設計技術 | バイオものづくりを支える基盤技術 | スマートセルの設計等 |
| 従来の発酵技術 | 既存微生物の代謝機能を活用(改変を伴う場合もある) | 技術的な源流の一つ | 酒類、味噌、医薬品原料等 |
コンサルティング業務における位置づけ
コンサルティング業務では、化学メーカーや素材メーカー、異業種企業によるバイオ分野への参入検討などにおいて、バイオものづくりが論点となる場合がある。以下の4つの実務観点で位置づけを整理する。
論点設計(イシュー出し)
クライアント企業の経営課題が、原料調達リスクの分散、環境負荷の低減、新素材開発のいずれに近いかという論点設計から着手する。論点を整理する際には、技術・原料・市場・規制・生産プロセス等の観点から漏れなく検討することが重要となる。
現状分析(As-Is整理)
対象物質領域における国内外のバイオものづくり技術の開発状況や、活用可能なバイオファウンドリの所在を棚卸しする。自社の既存の発酵・バイオ技術資産が、スマートセル開発にどう転用できるかを把握する作業も、この段階で行う。
施策設計(To-Be)
自社の経営課題に適した技術アプローチ(外部バイオファウンドリへの委託か、自社での技術開発か)を選定し、段階的な事業化ロードマップを設計する。自社単独でのスマートセル開発が難しい場合は、研究機関やスタートアップとの共同開発といった連携形態の検討も、この段階での重要な論点である。
資料作成(スライド構造)
経営層向け資料では、技術開発の進捗と、量産化までのマイルストーンを対応させたロードマップを示す構成が、事業の不確実性を伝えるうえで有効である。あわせて、想定される市場規模や原料調達リスクの低減効果と、開発にかかる期間・コストを併記することで、投資判断がしやすい資料設計が求められる。
バイオものづくり導入のメリットと注意点
バイオものづくりの主なメリットは、化石資源由来の製造プロセスを代替できる可能性や、従来は生産が難しかった物質を生産できる可能性があることである。
原料調達の面でも、バイオマス等の多様な原料への転換により、化石資源に依存した原料調達構造を見直せる可能性がある点は、素材・化学メーカーにとって経営上のメリットとなりうる。
一方で、注意すべき点も多い。
第一に、スマートセルの設計・開発には高度な技術力と相応の期間が必要であり、実験室レベルの成果を工業的な量産スケールへ橋渡しする過程(スケールアップ)が大きな課題となる。
第二に、生産コストが既存の化学プロセスと比べて優位になるかどうかは、対象物質や生産規模によって異なり、事業性の見極めが欠かせない。
第三に、遺伝子組換え技術を用いる場合には、安全性評価や社会的受容の形成といった論点も生じるため、技術面だけでなく制度・社会面の対応も必要となる。
導入コストとしては、研究開発費用に加え、バイオファウンドリの活用費用や量産設備への投資等も考慮する必要がある。NEDOの「バイオものづくり革命推進事業」等、国の技術開発支援策の活用可能性も、事業化検討における論点となる。
コンサル採用面接で問われる理由
バイオものづくりの個別技術そのものが、コンサルティングファームの面接で詳細に問われるとは限らない。
ケース面接等で素材・化学業界や脱炭素をテーマとして扱う場合には、バイオものづくりそのものの知識だけでなく、化石資源依存からの転換をどう事業性として評価するかという視点が重要になる。単に「バイオ技術を導入すべき」と述べるだけでなく、量産化までの技術的な不確実性まで踏み込んで語れると、議論に厚みが生まれる。
こうした視点を備えておくことは、ケース解答の質を底上げする一助になる。個別の遺伝子設計技術を暗記しておく必要はなく、新技術の事業性を評価する考え方の骨格を理解しておけば、面接の議論の中で自然に応用できるだろう。
FAQ
Q1. バイオものづくりとは、どのような技術か。
バイオものづくりとは、遺伝子技術などを活用して微生物や動植物等の細胞に物質を生産させる製造手法である。経済産業省・NEDOが政策・産業用語として用いており、その基盤技術の一つである合成生物学は、遺伝子配列や代謝経路を設計し、生物機能をデザインする学問と説明されている。化学品・素材・燃料等、幅広い産業領域での活用が見込まれている。
Q2. バイオものづくりと合成生物学・従来の発酵技術は、何が違うのか。
最も大きな違いは、対象とする範囲にある。
合成生物学は、遺伝子配列や代謝経路を設計する技術そのものを指す言葉である。これに対しバイオものづくりは、こうした技術を応用して物質生産を行う産業活動全体を指す点で異なる。
従来の発酵技術は、微生物の代謝機能を利用して物質を生産する技術として長い歴史を持ち、生産性向上のために育種・遺伝子改変が用いられることもある。合成生物学的アプローチとは対立するものではなく、両者は技術的に連続する関係にある。
Q3. バイオものづくりは、どのように事業化が進められているのか。
実務における基本的な進め方は、まず自社の経営課題が原料調達リスクの分散と新素材開発のどちらに近いかを見極めることから始まる。次に、対象物質の生産に適したスマートセルの開発を、自社で行うか外部のバイオファウンドリに委託するかを選定する。
事業化を支える公的支援策としては、NEDOの「バイオものづくり革命推進事業」等があり、技術開発の初期段階から活用することが実務上のポイントとなる。
Q4. コンサルティングの現場では、バイオものづくりはどのように扱われているのか。
コンサルティング業務では、化学メーカーや素材メーカーの新規事業戦略、異業種企業によるバイオ分野への参入検討などにおいて、バイオものづくりが論点となる場合がある。
素材・化学コンサルティング領域では、対象物質の選定から、技術連携先の選定、投資対効果(ROI)の試算までを一体で支援する役割を担う場合がある。脱炭素戦略という文脈では、原料調達の多様化やサプライチェーン全体の温室効果ガス削減という観点から扱われることもある。
Q5. バイオものづくりについて、よくある誤解は何か。
よくある誤解の一つは、バイオものづくりを導入すればすぐに既存の化学プロセスを代替できると考えてしまうことである。実際には、実験室レベルの成果を工業的な量産スケールへ橋渡しする過程に大きな技術的課題があり、対象物質によって事業性も異なる。
もう一つの誤解は、バイオものづくりが合成生物学と同じものだと考えてしまうことであるが、合成生物学は基盤技術であり、バイオものづくりはそれを応用した産業活動全体を指す点で異なる。
まとめ(実務整理)
バイオものづくりは、遺伝子技術などのバイオテクノロジーを活用し、微生物や動植物等の細胞によって有用な物質を生産するものづくりの手法であり、合成生物学等の技術がこれを支える基盤となっている。
2016年度のNEDOスマートセルプロジェクト開始から、2019年の政府バイオ戦略策定に至る政策動向を理解しておくと、合成生物学や従来の発酵技術との違いも整理しやすくなる。
化石資源依存からの転換や脱炭素という社会的要請とも重なりながら、素材・化学産業の新たな成長領域として関心が高まってきた点に実務上の意義がある。
コンサルティング業務との関係でいえば、新技術の量産化に伴う不確実性を踏まえながら事業性を評価する視点が、素材・化学関連プロジェクトにおいて参考になる。
採用面接との関係についても、個別の遺伝子設計技術を暗記する必要はなく、新技術の事業性を評価する考え方の骨格を押さえておけば、十分な知識基盤となるといえる。
出典
- NEDO「バイオものづくり革命推進事業」
https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100246.html - 内閣府「統合イノベーション戦略推進会議」(バイオ戦略2019掲載ページ)
https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/kaigi.html
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