SBTi
企業が掲げる「排出量削減目標」は、本当に気候変動対策として十分な水準なのか。この問いに客観的な物差しを与えるのが、SBTi(Science Based Targets initiative)である。
気候変動対応に関する目標は、各企業が独自に設定すると、その野心度や妥当性を外部から検証することが難しい。SBTiは、パリ協定が掲げる気温上昇抑制目標と整合する水準の削減目標(SBT:Science Based Targetsの略)を企業が設定するための基準を示し、企業から提出された目標を第三者として検証・認定する役割を担っている。
日本でも大企業を中心に認定取得が進み、近年は中小企業向けの簡易な認定制度も整備されている。サステナビリティ経営や気候変動対応に関わるコンサルティング業務において、SBTiの正確な位置づけと認定プロセスを理解しておくことは実務上の意義を持つ。
SBTiとは
SBTi(英語表記:Science Based Targets initiative)は、2015年、CDP(気候変動対応等に関する情報開示を推進する国際NGO)、国連グローバル・コンパクト(UNGC:United Nations Global Compactの略。企業の自主的な行動原則の遵守を promoteする国連が主導するイニシアチブ)、世界資源研究所(WRI:World Resources Instituteの略)、世界自然保護基金(WWF:World Wide Fund for Natureの略)の4団体が共同で設立した国際的なイニシアチブである。
企業や金融機関に対し、パリ協定が掲げる「世界の平均気温上昇を産業革命以前と比較して1.5℃に抑える」という水準と整合する温室効果ガス排出削減目標(SBT)の設定を促し、提出された目標が科学的知見と整合しているかを検証・認定している。
SBTiは2021年10月、世界で初めてとなる企業向けのネットゼロ基準(Corporate Net-Zero Standard)を公表した。この基準は、単に短期の削減目標を設定するだけでなく、遅くとも2050年までを目安とした長期のネットゼロ目標まで含めて、企業の気候変動対応を段階的に評価する枠組みを提供している。
SBTiはその後、2023年に英国のチャリティ団体として法人化され、独立した評議員会(Board of Trustees)を中心とする統治体制へと移行した。創設に関わったCDP・国連グローバル・コンパクト・WRI・WWFの4団体とは法人化後も一定のつながりを保っているが、現在は外部から招聘された独立議長・独立評議員を含む体制で運営されている。日本では、2015年10月にソニーが日本企業として初めてSBT認定を取得しており、その後、大企業を中心に認定取得企業数が拡大してきた。
SBTの境界条件として、企業が設定する目標は、5年から10年先を目標年とする短期目標(Near-term targets:クロスセクターの標準的な削減経路では、1.5℃整合の目安として年率4.2%程度の直線的な削減が参照されることが多い)と、遅くとも2050年までを目標年とする長期のネットゼロ目標の2種類に大別される。
企業はまず短期目標の認定取得を目指すのが一般的であり、ネットゼロ目標はこれに続く、より長期的な到達点として位置づけられる。また、従業員数500人未満であること、Scope1・2排出量が一定水準(10,000tCO2e)を下回ること等、SBTiが定める複数の要件を満たす企業を対象に、通常のSBTよりも簡易な手続きで申請できる中小企業版SBT(SMEルート)の枠組みも整備されている。
| プロセス | 内容 |
|---|---|
| ①アカウント登録 | SBTiの検証ポータルでアカウントを作成し、企業規模等を確認する |
| ②コミットメント(任意) | 大企業等は、2年以内に目標設定を行う旨のコミットメントレターを提出する(中小企業版SBTでは原則不要) |
| ③算定・目標策定 | Scope1〜3の温室効果ガス排出量を算定し、SBT基準に整合する削減目標を策定する |
| ④目標提出・申請 | 検証ポータルにデータを入力して申請し、検証に関する費用を支払う |
| ⑤審査 | SBTiの検証チーム(SBTi Services)が申請データと公開情報の整合性、目標の妥当性を検証する |
| ⑥認定・公表 | 認定後、SBTiのウェブサイトに順次掲載される |
| ⑦定期報告 | 毎年、排出量や進捗を対外的に開示し、目標達成状況を継続的に管理することが推奨される |
具体例/ミニケース
食品メーカーA社が、SBT認定の取得を目指すケースを考える。A社はまず、SBTiの検証ポータルでアカウントを登録し、2年以内に目標を設定する旨のコミットメントレターを提出した。
次に、GHGプロトコルに基づき、自社の直接排出(Scope1)、購入電力等に伴う間接排出(Scope2)に加え、原材料調達や物流、製品の使用・廃棄段階を含むサプライチェーン全体の排出(Scope3)を算定したところ、総排出量の大部分をScope3が占めることが判明した。
A社は、Scope1・2について1.5℃整合の目安とされる年率4.2%程度の直線的削減を参照しながら短期目標を設定するとともに、Scope3についても主要な排出源となっている原材料調達先に対し、削減目標の共有や協働を呼びかける方針を定めた。
策定した目標を検証ポータルに提出し、SBTiの検証チームによる審査を経て認定を取得した後は、毎年、排出量や対策の進捗状況を対外的に開示する体制を整えた。
このケースが示すように、SBT認定の取得は目標設定の時点で完結するものではなく、認定後も継続的な開示と削減努力が求められる仕組みである点に特徴がある。
中小企業版SBT・RE100との違い
SBTiは、気候変動対応に関わる他のイニシアチブとしばしば混同される。共通点は「企業の脱炭素目標の設定を促す枠組みである」という点だが、対象範囲や求められる内容が異なる。
| 制度・イニシアチブ | 対象範囲 | 主な内容 |
|---|---|---|
| SBT(通常版) | 対象を定めない、幅広い企業・金融機関 | Scope1・2・3を対象とした科学的根拠に基づく削減目標の設定・認定 |
| 中小企業版SBT | Scope1・2排出量が一定水準未満の企業等、要件を満たす中小企業 | 通常版より簡易な手続きで申請できる目標設定・認定 |
| RE100 | 事業活動で使用する電力の再エネ化を目指す企業 | 事業活動で使用する電力を100%再生可能エネルギーとすることを目標とする国際イニシアチブ(電力に特化) |
コンサルティング業務での位置づけ
論点設計(イシュー出し)
気候変動対応関連のプロジェクトでは、クライアント企業がSBT認定の取得を目指すべきか、どの水準(通常版・中小企業版)の目標が適切かという論点整理が初期段階で発生する。コンサルタントは、企業規模やサプライチェーン構造を踏まえ、目標設定の妥当性を検証する役割を担う。
現状分析(As-Is整理)
現状分析のフェーズでは、GHGプロトコルに基づき、自社のScope1・2・3排出量を算定し、SBT基準が求める削減水準とのギャップを可視化する。既存の削減施策と、目標年までに必要な削減幅との差を整理する作業が中心となる。
施策設計(To-Be)
施策設計の段階では、省エネルギー投資や再生可能エネルギー調達、サプライヤーへの働きかけなど、削減施策の選択肢を整理し、それぞれの削減ポテンシャルとコストを試算する。あわせて、SBTi認定の申請スケジュールや必要な体制整備についても計画を立てる。
資料作成(スライド構造)
経営層向け資料では、目標年に向けた排出量の削減軌跡を示すロードマップと、Scope別・施策別の削減インパクトを一覧化した表をセットで示す構成が定番である。削減計画とSBTi認定取得までのスケジュールを一枚で確認できる構造にすることで、経営層が投資判断をしやすくなる。
導入メリットと注意点
SBT認定を取得する最大のメリットは、自社の削減目標が科学的知見と整合していることを、第三者機関による検証を通じて対外的に示せる点にある。投資家や取引先からの評価向上、資金調達のしやすさといった副次的な効果も指摘されている。
一方で注意点も多い。第一に、目標設定や検証には申請費用や相応の準備期間がかかり、特にScope3排出量の算定はサプライチェーン全体のデータ収集を伴うため、負荷が大きくなりやすい。
第二に、認定後は継続的な報告義務を負うため、単発の取組みでは完結しない。第三に、削減目標の水準や検証基準は改定される場合があり、最新の基準を継続的に確認しておく必要がある。これらの点を踏まえ、実務では、自社の体制やサプライチェーン構造を踏まえて、無理のない目標水準と申請スケジュールを設計することが重要とされている。
コンサル採用面接で問われる理由
コンサルティングファームの採用面接において、SBTiという用語そのものが直接問われる場面は多くない。しかし、気候変動対応やサステナビリティ経営をテーマにしたケース面接では、企業の削減目標がどのような基準で妥当性を判断されるのかという論点が問われることがあり、その際に「科学的根拠に基づく検証」という発想を持っているかどうかが、回答の説得力に影響する。
単に「排出量を減らす」という表面的な理解にとどまらず、目標の水準そのものが第三者によって検証される仕組みまで踏み込んで考えられると、気候変動関連の議論に厚みを持たせやすくなる。
この構造を内面化した思考は、ケース解答における論理展開の質を高める。SBTiの認定基準の細目まで暗記して面接で披露する必要があるわけではなく、削減目標を外部の科学的基準と照らして検証するという考え方の骨格をおさえておけば、面接官との議論の中で自然に応用できる知識基盤となる。
FAQ
Q1. SBTiとは、どのような組織か。
SBTiとは、企業や金融機関が設定する温室効果ガス排出削減目標が、パリ協定が求める水準と科学的に整合しているかを検証・認定する国際的なイニシアチブである。
英語表記はScience Based Targets initiativeであり、2015年にCDP・国連グローバル・コンパクト・WRI・WWFの4団体が共同で設立した。2021年10月には世界初の企業向けネットゼロ基準を公表し、2023年には英国のチャリティ団体として法人化されている。
Q2. SBTと中小企業版SBTとは、何が違うのか。
最も大きな違いは、対象となる企業の範囲と手続きの簡易さにある。通常版のSBTは対象企業を限定せず、Scope1・2・3の排出量を対象とした削減目標の設定・認定を求める。
これに対し中小企業版SBTは、Scope1・2排出量が一定水準未満であること等の要件を満たす企業を対象に、通常版より簡易な手続きで申請できる仕組みとして整備されている。両者はいずれもSBTiが認定を行う点で共通するが、対象企業と申請プロセスの複雑さが異なる。
Q3. SBT認定は、どのような手順で取得するのか。
実務における一般的な手順は、まずSBTiの検証ポータルでアカウントを登録することから始まる。大企業等は、任意で2年以内の目標設定を約束するコミットメントレターを提出する場合があるが(中小企業版SBTでは原則不要)、GHGプロトコルに基づきScope1〜3の排出量を算定して削減目標を策定する点は共通する。
策定した目標を検証ポータルに提出し、申請費用を支払ったうえでSBTiの検証チームの審査を受け、認定後はウェブサイトに順次掲載される。認定後は、毎年、排出量や対策の進捗を対外的に開示し、目標達成状況を継続的に管理することが推奨される。
Q4. コンサルティングプロジェクトでは、SBTiはどのように扱われているのか。
コンサルティングの現場では、クライアント企業がSBT認定の取得を目指す際に、Scope別の排出量算定や削減目標の妥当性検証、申請プロセスの支援を行う場面でSBTiの考え方が参照される。
また、既存の気候変動対応の取組みが、SBTiが求める水準に照らして十分かを診断し、認定取得に向けたロードマップを整理する役割を担うこともある。
Q5. SBTiについて、どのような誤解が生じやすいのか。
よくある誤解のひとつは、SBT認定を取得すれば気候変動対応が完了すると考えてしまうことである。実際には、認定後も毎年の排出量・進捗の開示や、目標水準の見直しが求められる継続的な取組みである。
もうひとつの誤解は、SBTiが政府機関であると考えてしまうことである。実際には、SBTiはCDP・国連グローバル・コンパクト・WRI・WWFが創設に関わった民間の国際的なチャリティ団体であり、法的な強制力を持つ公的規制ではない点に留意する必要がある。
Q6. SBT認定を取得していない企業は、どのような不利益を受けるのか。
SBT認定を取得していないこと自体が直ちに法令違反や罰則の対象となるわけではない。ただし、投資家や大手取引先が、投融資や取引の判断材料としてSBT認定の有無や気候変動対応の状況を重視する傾向が強まっており、認定を取得していない企業は、資金調達や大手企業のサプライチェーンへの参入において、相対的に不利な評価を受ける可能性がある点には留意が必要である。
まとめ(実務整理)
SBTiは、企業や金融機関が設定する温室効果ガス排出削減目標が、パリ協定が求める水準と科学的に整合しているかを検証・認定する国際的なイニシアチブである。
2015年の設立以降、2021年のネットゼロ基準公表を経て、大企業だけでなく中小企業版SBTの整備も進み、幅広い企業が参加できる枠組みへと発展してきた点に実務上の意義がある。
RE100等の関連イニシアチブとは、対象範囲や求められる内容が異なる点を理解しておくと、気候変動対応に関する議論の見取り図がつかみやすくなる。
コンサルティング業務との関係でいえば、Scope別の排出量算定と、科学的根拠に基づく目標設定の視点が、気候変動対応プロジェクトにおいて参考になる。
採用面接との関係でいえば、認定基準の細部を暗記する必要はなく、削減目標を外部の科学的基準と照らして検証するという考え方の骨格をおさえておけば、十分な知識基盤となる。
出典
- 環境省「排出量削減目標の設定」(グリーン・バリューチェーンプラットフォーム)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/decarbonization_05.html - 環境省「SBT(Science Based Targets)について」
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/SBT_syousai_all_20251130.pdf - 環境省・みずほリサーチ&テクノロジーズ「中長期排出削減目標等設定マニュアル」
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/GHG_target_settei_manual.pdf
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