サプライチェーン・デューデリジェンス
自社工場では問題がなくても、取引先やその先の下請け企業で人権侵害や環境破壊が起きていたら、企業も何らかの対応を求められるのか。この問いへの実務的な回答を示すのが、サプライチェーン・デューデリジェンス(Supply Chain Due Diligence)である。
グローバル化が進んだ現代の企業活動では、原材料の調達から製造、販売に至るまで、多数の取引先が連なるサプライチェーンを通じて事業が成り立っている。
その一方で、サプライチェーンの末端で発生する強制労働や児童労働、環境汚染等のリスクは、直接の取引関係がなくても、企業のレピュテーションやESG評価、取引先との関係、場合によっては法的な観点にまで影響を及ぼしかねない。
人権・サステナビリティ関連のプロジェクトに携わるコンサルティング業務において、サプライチェーン・デューデリジェンスの正確な定義とその進め方を理解しておくことは実務上の意義を持つ。
サプライチェーン・デューデリジェンスとは
サプライチェーン・デューデリジェンスは、国連が2011年に人権理事会で全会一致にて支持したUNGP(United Nations Guiding Principles on Business and Human Rightsの略。国連指導原則、または「ビジネスと人権に関する指導原則」とも呼ばれる)において、企業の人権尊重責任を果たすための中核的なプロセスとして位置づけられた考え方に起源を持つ。
UNGPは、企業に対し、自社の活動のみならず、取引関係を通じて生じ得る人権への負の影響についても、これを特定し、防止・軽減するための人権デューデリジェンスを実施することを求めている。
OECD(経済協力開発機構)も、多国籍企業行動指針や2018年公表の「責任あるビジネス行動のためのデューデリジェンス・ガイダンス」において、人権に加えて環境・労働・贈収賄等を含む広範なデューデリジェンスの枠組みを示しており、サプライチェーン・デューデリジェンスはこうした国際的な議論を踏まえた概念として理解される。
日本では、こうした国際的な要請を踏まえ、2022年9月、経済産業省を中心とする関係府省庁施策推進・連絡会議が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定した。
あわせて2023年4月には、企業が実務上参照できるよう「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」が経済産業省から公表されている。
これらは、2020年10月に日本政府が策定した「『ビジネスと人権』に関する行動計画」(2025年12月に改定)の実施を後押しする位置づけにある。
サプライチェーン・デューデリジェンスの境界条件として、対象範囲が自社(一次サプライヤーとの直接取引)にとどまらず、二次・三次以降の間接的な取引関係にある企業にまで及び得る点が、従来の取引先管理や監査とは異なる特徴である。
サプライチェーン・デューデリジェンスは、サプライチェーン全体に対して実施するデューデリジェンスを指す言葉として用いられ、その対象には人権・環境・労働安全衛生等が含まれる場合が多い。
実務上は「人権デューデリジェンス(人権DD)」「環境デューデリジェンス(環境DD)」といった、対象領域を限定した個別の呼称が用いられることも多く、サプライチェーン・デューデリジェンスという呼称の指す範囲は文脈によって幅がある点には留意が必要である。
なお、経済産業省のガイドラインは、企業の規模や業種を問わず日本企業一般を対象とする点に留意が必要である。
同ガイドラインには法的拘束力はなく、企業に一律の対応を義務付けるものではないが、国内外の主要な取引先や投資家が人権尊重の取組状況を重視する傾向が強まる中で、事実上の実務標準としての性格を強めている。
特に大企業のサプライチェーンに組み込まれる中小企業にとっても、取引先からの要請に応じる形でサプライチェーン・デューデリジェンスへの対応が求められる場面が増えている。
| プロセス | 内容 |
|---|---|
| ①方針策定 | 人権尊重に関する自社の基本方針を策定し、社内外に周知する |
| ②負の影響の特定・評価 | 自社およびサプライチェーン上のどこに人権・環境上のリスクがあるかを洗い出す |
| ③防止・軽減 | 特定されたリスクに対し、取引先への働きかけ等を通じて予防・軽減策を講じる |
| ④追跡評価 | 実施した対応の実効性を継続的にモニタリングする |
| ⑤情報開示 | 取組みの内容や実効性について、外部への説明・情報開示を行う |
| ⑥是正(必要に応じ実施) | 負の影響を引き起こした、または助長したことが判明した場合に、他のステップと並行して適切な是正措置を講じる |
具体例/ミニケース
アパレル製品を扱う小売業A社が、サプライチェーン・デューデリジェンスに取り組むケースを考える。
A社はまず、自社が直接契約する縫製工場(一次サプライヤー)だけでなく、その先の生地製造業者や原料調達業者(二次・三次サプライヤー)についても、所在国の人権リスクの高さや業種特性を踏まえてリスクマッピングを実施した。
その結果、特定の原料調達国において、児童労働や強制労働のリスクが相対的に高いことが判明した。
A社は、リスクが高いと評価されたサプライヤーに対しては、労働条件に関する質問票調査や現地訪問による確認を実施し、問題が疑われる事案については、是正計画の策定を求めた。
是正が進まない取引先については、取引継続の可否を含めて検討する体制を整えた。このケースが示すように、サプライチェーン・デューデリジェンスは、全ての取引先に一律の対応を行うものではなく、リスクの高低に応じて調査の深度や対応の優先順位を変える「リスクベース・アプローチ」を採ることが実務上の基本となる。
CSR調達・通常の取引先監査との違い
サプライチェーン・デューデリジェンスは、企業のサプライチェーン管理に関わる他の取組みとしばしば混同される。共通点は「取引先の状況を把握し、問題への対応を図る」という点だが、対象範囲や継続性、国際的な枠組みとの整合性という点で性質が異なる。
| 取組み | 対象範囲 | 性質 |
|---|---|---|
| サプライチェーン・デューデリジェンス | 一次サプライヤーに加え、間接的な取引先まで含み得る | UNGP・OECD等の国際的枠組みに沿った継続的プロセス |
| CSR調達 | 主に直接の取引先が中心 | 自社の調達方針に基づく取組みで、統一的な国際基準を前提としない場合もある |
| 通常の取引先監査 | 個別契約・取引条件の遵守状況が中心 | 品質・納期・コンプライアンス等を確認する定期的な点検行為 |
なお、国際的には、EUが2024年に成立させたCSDDD(Corporate Sustainability Due Diligence Directiveの略。企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令)のように、一定規模以上の大企業に対してサプライチェーン全体の人権・環境デューデリジェンスを法的に義務付ける制度整備も進められている。
日本企業であっても、EU域内で事業を行う場合やEU企業のサプライチェーンに組み込まれている場合には、こうした域外規制を通じて対応を求められる可能性がある点には留意が必要である。
コンサルティング業務での位置づけ
論点設計(イシュー出し)
サプライチェーン関連のプロジェクトでは、クライアント企業がどこまでの取引先を対象にリスク評価を行うか、どの国際的枠組み(UNGP、OECDガイダンス、経済産業省ガイドライン等)を参照するかという論点整理が初期段階で発生する。
コンサルタントは、業種特性や事業展開国を踏まえ、優先的に対応すべきリスク領域を洗い出す役割を担う。
現状分析(As-Is整理)
現状分析のフェーズでは、既存の調達方針やサプライヤー管理の仕組みが、経済産業省ガイドラインが示すプロセス(方針策定、リスクの特定・評価、防止・軽減等)のどこまでをカバーできているかを棚卸しする。
既存の取組みと国際的な枠組みとのギャップを可視化する作業が中心となる。
施策設計(To-Be)
施策設計の段階では、サプライヤーのリスク評価基準の設計、質問票調査や現地確認の実施方法、是正が進まない取引先への対応方針等を整理し、実行体制やコストとのバランスを踏まえた優先順位を提案する。
資料作成(スライド構造)
経営層向け資料では、サプライチェーン全体を俯瞰したリスクマッピング(国・業種・取引段階別のリスク水準を色分けした図)と、優先対応すべきサプライヤー群への具体的なアクションプランをセットで示す構成が定番である。
リスクの所在と対応方針を一枚で確認できる構造にすることで、経営層が投資判断をしやすくなる。
導入メリットと注意点
サプライチェーン・デューデリジェンスを導入する最大のメリットは、サプライチェーン上に潜むリスクを早期に把握し、取引停止や不買運動、規制当局からの指摘といった深刻な事態を未然に防げる点にある。
国際的な取引先や投資家からの信頼獲得、公共調達における評価向上といった副次的な効果も指摘されている。
一方で注意点も多い。第一に、サプライチェーンが多段階かつ広範囲に及ぶ場合、全ての取引先を同水準で調査することは現実的ではなく、リスクベース・アプローチによる優先順位付けが不可欠となる。
第二に、取引先の協力が得られない場合、実効性のある情報収集が難しく、書面調査のみでは実態把握に限界がある。
第三に、問題が発見された場合の対応として、直ちに取引を打ち切ることが必ずしも適切とは限らず、是正に向けた対話を通じた改善が国際的な枠組みでは推奨されている。
これらの点を踏まえ、実務では、単発の調査で終わらせず、継続的なモニタリングと対話のプロセスとして運用することが重要とされている。
コンサル採用面接で問われる理由
コンサルティングファームの採用面接において、サプライチェーン・デューデリジェンスという用語そのものが直接問われる場面は多くない。
しかし、サステナビリティ経営やサプライチェーン戦略をテーマにしたケース面接では、間接的な取引関係にあるリスクをどう管理するかという論点が問われることがあり、その際に「自社だけでなく取引関係全体を視野に入れる」という発想を持っているかどうかが、回答の説得力に影響する。
単に自社内のリスク管理にとどまらず、サプライチェーン全体でのリスクの所在まで踏み込んで考えられると、サステナビリティ関連の議論に厚みを持たせやすくなる。
この構造を内面化した思考は、ケース解答における論理展開の質を高める。国際的な指導原則やガイドラインの条文を暗記して面接で披露する必要があるわけではなく、リスクベースで優先順位をつけて対応するという考え方の骨格をおさえておけば、面接官との議論の中で自然に応用できる知識基盤となる。
FAQ
Q1. サプライチェーン・デューデリジェンスとは、どのようなプロセスか。
サプライチェーン・デューデリジェンスとは、企業が自社の事業活動およびサプライチェーン全体において、人権や環境に対する負の影響を特定・防止・軽減し、その対応状況を説明する一連のプロセスである。
英語表記はSupply Chain Due Diligenceであり、国連が2011年に支持したUNGP(国連指導原則)における人権デューデリジェンスの考え方に起源を持つ。
日本では2022年9月に経済産業省を中心とする関係府省庁が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定している。
Q2. サプライチェーン・デューデリジェンスとCSR調達とは、何が違うのか。
最も大きな違いは、対象とする取引先の範囲と、拠り所とする枠組みにある。
CSR調達は、主に自社の調達方針に基づき、直接の取引先を中心に行われる取組みであるのに対し、サプライチェーン・デューデリジェンスは、UNGPやOECDガイダンス等の国際的な枠組みに沿って、間接的な取引関係にある企業まで対象に含め得る、より体系的かつ継続的なプロセスである。
両者は重なる部分も多いが、参照する国際基準の有無や対象範囲の広さという点で区別される。
Q3. サプライチェーン・デューデリジェンスは、どのような手順で進めるのか。
実務における一般的な手順は、まず人権尊重に関する自社の基本方針を策定することから始まる。
次に、自社およびサプライチェーン上のどこにリスクがあるかを、業種・国・取引段階等の観点から特定・評価し、リスクの高い取引先を優先的に調査する。
調査の結果、問題が確認された場合には、防止・軽減策や是正計画を取引先と協議のうえ実施し、その実効性を継続的にモニタリングしながら、取組み内容を外部に開示する。
Q4. コンサルティングプロジェクトでは、サプライチェーン・デューデリジェンスはどのように扱われているのか。
コンサルティングの現場では、クライアント企業がサプライチェーン・デューデリジェンスの体制を新たに構築する際に、リスクマッピングの設計や、経済産業省ガイドラインとの整合性検証を支援する場面でこの考え方が参照される。
また、既存のサプライヤー管理の仕組みが国際的な枠組みに照らして十分かを診断し、開示資料の整備や、リスクの高い取引先への対応方針を整理する際にも活用される。
Q5. サプライチェーン・デューデリジェンスについて、どのような誤解が生じやすいのか。
よくある誤解のひとつは、サプライチェーン・デューデリジェンスは一度実施すれば完了するものだと考えてしまうことである。実際には、UNGPやOECDガイダンスが示すとおり、リスクの特定から是正までを継続的に繰り返すプロセスとして位置づけられている。
もうひとつの誤解は、問題が見つかった取引先とは直ちに取引を打ち切るべきだと考えてしまうことである。実際には、国際的な枠組みでは、対話を通じた改善や是正への働きかけが優先されるべきとされており、取引停止は改善が見込めない場合の選択肢のひとつとして位置づけられている点に留意する必要がある。
まとめ(実務整理)
サプライチェーン・デューデリジェンスは、企業が自社の事業活動およびサプライチェーン全体において、人権や環境に対する負の影響を特定・防止・軽減し、その対応状況を説明する一連のプロセスである。
UNGPやOECDガイダンスといった国際的な枠組みに基づき、日本でも経済産業省を中心とするガイドラインが整備されている。
CSR調達や通常の取引先監査とは、対象範囲の広さや継続性という点で異なる概念である点を理解しておくと、サプライチェーン関連の議論の見取り図がつかみやすくなる。
コンサルティング業務との関係でいえば、リスクベースで優先順位をつけながら、方針策定から是正までを継続的なプロセスとして設計する視点が、サプライチェーン関連プロジェクトにおいて参考になる。
採用面接との関係でいえば、国際的な指導原則の条文を暗記する必要はなく、自社だけでなく取引関係全体を視野に入れるという考え方の骨格をおさえておけば、十分な知識基盤となる。
出典
- 経済産業省「日本政府は『責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン』を策定しました」
https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003.html - 経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/business-jinken/jitsumusansyou_jp.pdf - 経済産業省「ビジネスと人権~責任あるバリューチェーンに向けて~」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/business-jinken/index.html
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