ネイチャーポジティブ(自然再興)

ネイチャーポジティブとは、生物多様性の損失を止め、自然を回復軌道に乗せる状態へと反転させることを目指す、2030年を到達年とする国際的な環境目標の考え方である。

なぜ今、企業経営において自然資本と生物多様性への配慮が急速に重視され始めているのか。気候変動対策としてのカーボンニュートラルが定着する一方、生物多様性の損失は依然として加速しており、地球上の種の絶滅速度は自然状態と比べて数十倍から数百倍に達するとされる。

こうした危機感を背景に、2022年のCOP15(生物多様性条約第15回締約国会議)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」を契機に、日本でも国家戦略や経済移行戦略が相次いで策定され、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)による情報開示や自然共生サイト認定制度など、実務に直結する動きが加速している。

ハイクラス人材の転職市場においても、サステナビリティ関連部門の需要は急速に拡大しており、この用語への理解はコンサルタントとしての提案力に直結し始めている。

ネイチャーポジティブとは

ネイチャーポジティブ(Nature Positive)は、英語で「自然にとってプラスの状態」を意味する語であり、環境省は日本語訳として「自然再興」を用いる。

環境省の定義によれば、ネイチャーポジティブとは自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させることを指す。

この概念が国際的な政策目標として明確化された背景には、世界経済フォーラム(WEF)や世界自然保護基金(WWF)などによる2019年前後からの提唱の広がりがある。

その後、2021年6月に英国で開催されたG7サミットで採択された「2030年自然協約(G7 2030 Nature Compact)」を経て、2022年12月、カナダ・モントリオールで開催されたCBD-COP15(生物多様性条約第15回締約国会議)において、2030年までの新たな世界目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択され、生物多様性の損失を止めて反転させるというグローバルターゲットが国際目標として定着した。

ネイチャーポジティブが成立するための条件は、単なる自然保護(現状維持)にとどまらず、損失から回復への転換点を経て、社会全体として正味でプラスの状態に到達することにある。

したがって、特定拠点における保全活動のみでは要件を満たさず、事業活動のバリューチェーン全体を通じて自然への負荷を最小化しつつ、生態系の回復・再生に資する取り組みを積み上げることが条件となる。

日本では2023年3月に閣議決定された「生物多様性国家戦略2023-2030」において、2030年までのネイチャーポジティブ実現が国家目標として位置づけられ、陸と海のそれぞれ30%以上を健全な生態系として保全する「30by30目標」がその中核施策として組み込まれている。

こうした国家戦略の重点施策として、2024年3月には環境省・農林水産省・経済産業省・国土交通省の4省庁が連名で「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を策定した。

同戦略は、ネイチャーポジティブへの対応を単なるコストではなく新たな経済成長の機会として位置づけ、企業が自社の価値創造プロセスに自然の保全を重要課題(マテリアリティ)として組み込む「ネイチャーポジティブ経営」への移行を促すものである。

世界経済フォーラム(WEF)の推計を基に環境省が整理した試算では、日本国内でも2030年までに約47兆円規模のビジネス機会が期待されるとしており、環境施策であると同時に成長戦略としての側面を併せ持つ点が、他の環境系キーワードと一線を画す特徴となっている。

関連制度・キーワード 概要 ネイチャーポジティブとの関係 主管・発足主体
昆明・モントリオール生物多様性枠組 2030年までの世界共通の生物多様性目標 ネイチャーポジティブの国際目標を定めた根拠文書 生物多様性条約(CBD)締約国会議
30by30目標 2030年までに陸と海の30%以上を保全 ネイチャーポジティブ実現の中核的な数値目標 CBD-COP15/各国政府
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース) 企業の自然関連リスク・機会の開示枠組み 資金の流れをネイチャーポジティブへ誘導する仕組み UNEP FI・UNDP・WWF・Global Canopyが2021年発足
自然共生サイト 民間の取組による生物多様性保全区域の認定制度 30by30達成の実行手段(OECMとして登録) 環境省(2023年度制度開始/2025年 地域生物多様性増進法施行)

具体例に見るネイチャーポジティブ経営

大手企業による実践事例として、水源涵養活動を通じて森林保全を進める飲料メーカーや、ビール製造における酵母や微生物といった自然資本を基盤事業と位置づける企業などが挙げられる。

また、2023年度に開始された環境省の自然共生サイト認定制度には、企業が保有する社有林や緑地、都市部のビオトープなどが登録されており、2026年3月時点の認定数は569件である。

認定を受けた区域は保護地域との重複を除きOECM(保護区以外で生物多様性保全に効果的な地域)として国連環境計画のデータベースにも登録され、30by30目標の達成面積としてカウントされる仕組みとなっている。

金融機関や保険会社による活用事例も広がっている。都心のオフィス周辺緑化プロジェクトをLEAPアプローチに沿って整理し、自然との接点の特定から評価、対応方針の検討までを一連のプロセスとして可視化した事例は、TNFD開示の実務モデルとしてしばしば参照される。

こうした取り組みは、ESG評価の向上や投資家への説明材料としても活用されており、単なる環境貢献にとどまらず経営戦略上の意味合いを強めている。

2025年4月に施行された地域生物多様性増進法により自然共生サイトの法的根拠が整備されて以降は、認定主体が環境大臣に加えて農林水産大臣・国土交通大臣にも拡大しており、業種を問わず取り組みやすい制度設計へと発展している。

カーボンニュートラル・SDGsとの違い

ネイチャーポジティブはしばしばカーボンニュートラルやSDGsと混同されるが、対象範囲と目標構造が異なる。

カーボンニュートラルが温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる「量的なゼロ化」を目指すのに対し、ネイチャーポジティブは生態系そのものを回復させる「質的な反転」を目指す点に本質的な違いがある。

概念 目的 主な指標・目標年 関連する開示枠組み
ネイチャーポジティブ 生物多様性の損失を止め反転させる 2030年に反転、30by30 TNFD
カーボンニュートラル 温室効果ガス排出の実質ゼロ化 2050年ネットゼロ TCFD
SDGs 貧困・環境・社会課題を含む包括目標 2030年17目標達成 各種自主開示

なお、SDGsは貧困や教育、ジェンダーなど幅広い社会課題を包含する上位概念であり、ネイチャーポジティブやカーボンニュートラルはSDGsの目標14(海の豊かさ)・目標15(陸の豊かさ)や目標13(気候変動)を実務レベルに具体化した下位概念と位置づけることができる。

企業の統合報告書においては、SDGsを全社的な方向性として示しつつ、ネイチャーポジティブとカーボンニュートラルをそれぞれ独立したKPI体系で管理するという整理が一般的になりつつある。

コンサルティング業務における位置づけ

論点設計(イシュー出し)

自然資本への依存度と影響度を事業ポートフォリオ単位で切り分け、どの事業領域が生物多様性リスクに晒されているかを論点化することが出発点となる。

原材料調達を農林水産業に依存する食品・飲料セクターや、土地利用の変化を伴う建設・不動産セクターでは自然関連リスクの重要性が相対的に高いため、優先的に論点化すべき事業ドメインを見極める視点が求められる。

あわせて、規制対応(TNFD開示の動向)と機会創出(自然共生サイト認定によるブランド価値向上)という二軸で論点を整理すると、経営層への説明がしやすくなる。

現状分析(As-Is整理)

TNFDが推奨するLEAPアプローチ、すなわち自然との接点の特定(Locate)、依存とインパクトの評価(Evaluate)、リスクと機会の評価(Assess)、対応と報告の準備(Prepare)という4段階の枠組みを用いて、サプライチェーン上の自然関連リスクを可視化する。

具体的には、事業拠点ごとの生態系への依存度をスコアリングし、原材料の調達地域における生物多様性ホットスポットとの重複を地図上で確認するといった作業が実務上のAs-Is整理にあたる。

施策設計(To-Be)

自然共生サイトの認定取得やネイチャーポジティブ経営への移行ロードマップなど、ESG評価向上と事業機会創出を両立させる施策を設計する。

施策検討にあたっては、自社が保有する社有林・緑地を認定候補として棚卸しする短期施策と、サプライチェーン全体での調達方針見直しやTNFD開示の段階的高度化といった中長期施策を分けて設計することで、投資対効果の異なる打ち手を経営に提示しやすくなる。

資料作成(スライド構造)

現状の依存・影響分析からリスクシナリオ、施策ロードマップ、KPI設計までを一気通貫で示すスライド構成が、経営層への提言資料として求められる。

典型的な構成としては、自然資本への依存・影響の現状(Locate・Evaluate結果)、リスクと機会の評価(Assess)、2030年に向けたロードマップとマイルストーン、KPIとモニタリング体制、という4パートで整理すると、TNFD開示の骨子とも整合し、統合報告書への転用もしやすい。

コンサル採用面接で問われる理由

面接官がネイチャーポジティブという用語の知識を直接問うことは少ないが、サステナビリティ関連のケース課題では、自然資本や生物多様性への配慮という視点が論点の一つとして登場することがある。

この構造を内面化した思考は、ケース解答における論点の網羅性や説得力を高める要素になり得る。カーボンニュートラルとの違いや、企業経営における位置づけといった背景にある考え方を理解しておくと、面接での論理展開に厚みが生まれる。概要と考え方の骨格をおさえておけば、十分な知識基盤として機能する。

FAQ

Q1. ネイチャーポジティブとはどのような意味か。

ネイチャーポジティブとは、生物多様性の損失を止め、自然を回復軌道に乗せる状態へと反転させることを指す環境目標の考え方である。

環境省はこれを「自然再興」と訳し、2022年のCOP15で採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組を根拠に、2030年までの達成を国際的な共通目標としている。

日本でも生物多様性国家戦略2023-2030において国家目標として位置づけられ、その中核施策として陸と海の30%以上を保全する30by30目標が組み込まれている。

企業経営や金融の意思決定における重要な評価軸になりつつある点も特徴で、単なる環境保護活動ではなく、損失から回復への転換を伴う点が本質である。

Q2. カーボンニュートラルとの違いは何か。

両者は目標構造が異なる。カーボンニュートラルは温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる量的な目標であり、2050年のネットゼロが到達点として設定される。

一方でネイチャーポジティブは、生態系そのものの質を回復させることを目的とし、2030年までに損失から反転へと転じることが目標となる。両者は独立した目標ではなく、森林保全や再生型農業などの施策を通じて相互に補完し合う関係にある。

実務上は、CO2排出量という単一の物理量で管理できる気候変動指標に比べ、生物多様性は地域固有性が強く指標設計自体が難しい点が、両者を扱う際の実務的な違いとして表れる。

Q3. ネイチャーポジティブ経営はどのように進めるのか。

一般的な進め方として、まずTNFDが提唱するLEAPアプローチを用いて自社事業と自然との接点を特定し、依存度とインパクトを定量・定性の両面で評価する。次にリスクと機会を経営レベルで評価し、対応方針を経営戦略やマテリアリティに組み込む。

実務で用いられるツールとしては、自然共生サイトの認定申請、TNFD開示に沿った統合報告書の作成、サプライチェーン上の生物多様性リスクマッピング、OECMデータベースへの登録状況の確認などが挙げられ、業種や事業規模、拠点数に応じて優先順位を設計することが重要になる。段階的に対応範囲を拡大していくアプローチが一般的である。

Q4. コンサルティング業務ではどのように活用されるのか。

コンサルティングの現場では、自然関連リスクの初期評価から、TNFD開示支援、自然共生サイト認定取得の支援、ネイチャーポジティブ経営への移行ロードマップ策定まで、幅広い支援フローが存在する。

自然共生サイトの認定申請自体に環境省への手数料は発生しないものの、生物調査や申請書類作成などに外部専門家を活用する場合は、調査規模や対象地域によって追加コストが発生する。こうしたコスト構造を踏まえた投資対効果の可視化がコンサルタントに求められる役割の一つである。

ROIの説明には、ESG評価向上や投資家対応、ブランド価値の向上といった非財務的効果を、可能な限り定量的な指標へ落とし込む工夫が鍵となる。

Q5. ネイチャーポジティブに関するよくある誤解は何か。

よくある誤解の一つは、植樹や緑地整備といった単発の環境活動を行えばネイチャーポジティブを達成できるというものである。

実際には、事業活動全体のバリューチェーンにおける自然への負荷を最小化した上で、正味でプラスの状態に転じることが条件であり、一部拠点での保全活動のみでは要件を満たさない。

また、生物多様性への影響は気候変動と異なり地域固有性が高く、CO2排出量のように単一指標で一律に定量化することが難しいため、TNFDの指標体系も発展途上にあり、業種横断で比較可能な統一指標が確立されていない点にも留意が必要である。

まとめ(実務整理)

ネイチャーポジティブは、生物多様性の損失を止め反転させるという2030年目標を軸に、TNFDによる情報開示や自然共生サイト認定制度など、実務上の制度と結びついて急速に具体化している考え方である。

カーボンニュートラルとは異なる質的な目標構造を持つ点、そして地域固有性が高く単一指標での定量化が難しいという性質を理解しておくことは、企業の非財務戦略を扱うコンサルティング業務において参考になる。

実務面では、LEAPアプローチによる現状分析からロードマップ策定、KPI設計に至るまで一気通貫で支援できる体制が求められており、自然共生サイトの認定支援やTNFD開示支援は今後さらに需要が拡大する領域と見込まれる。

採用面接との関係で言えば、この用語を単独で深掘りする準備よりも、自然資本という視点をケース解答の論点の一つとして自然に組み込めるよう、考え方の骨格を理解しておく程度で十分な知識基盤となる。

出典

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