ダブルマテリアリティ

ダブルマテリアリティとは、サステナビリティ課題が企業の財務に与える影響(財務マテリアリティ)と、企業活動が社会・環境に与える影響(インパクトマテリアリティ)の両方を重要性判断の対象とする考え方である。

サステナビリティ情報として企業が開示すべき事項は、投資家にとって重要な情報だけで十分なのか、それとも社会や環境への影響そのものも含めるべきなのか。この問いに一つの答えを示したのが、ダブルマテリアリティ(Double Materiality)という考え方である。

国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が策定する基準は、投資家の意思決定に関連する財務的な重要性のみに着目するのに対し、EUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)が採用するダブルマテリアリティは、企業が社会・環境に与える影響という、もう一方の軸も評価の対象に加える。

日本企業についても、EU域内子会社の保有状況や売上規模等の要件を満たす場合にはCSRDの適用対象となる可能性があり、サステナビリティ開示やIR戦略に携わるコンサルティング業務において、この概念を理解しておくことは実務上の意義を持つ。

ダブルマテリアリティとは

ダブルマテリアリティ(英語表記:Double Materiality)は、経済産業省の資料において、企業への財務的影響(シングル(財務)マテリアリティ)と、企業活動が社会や環境に与える影響という、2つの側面から受ける影響を重視する考え方と説明されている。

この考え方は、企業サステナビリティ報告指令(CSRD:Corporate Sustainability Reporting Directiveの略)と、その下位に位置づけられる欧州サステナビリティ報告基準(ESRS:European Sustainability Reporting Standardsの略)において採用されており、CSRDに基づき段階的に適用が進められている。

なお、2025年以降、EUではオムニバス・パッケージと呼ばれる規制簡素化の取組みを通じて、CSRDの適用対象企業や適用時期の見直しが継続的に議論されており、最新の適用スケジュールは随時確認する必要がある。

ダブルマテリアリティを構成する2つの軸のうち、一つは財務マテリアリティ(Financial Materiality)と呼ばれ、気候変動や人権問題といったサステナビリティ課題が、企業の財務状況やキャッシュフローだけでなく、企業価値(エンタープライズ・バリュー)や資金調達へのアクセス、資本コストにどのような影響を与えるかという視点である。

もう一つはインパクトマテリアリティ(Impact Materiality)と呼ばれ、企業の事業活動が、環境や社会、人々に対してどのような影響を与えているかという視点である。

ESRSの実務では、個別のサステナビリティテーマごとに財務マテリアリティ・インパクトマテリアリティの評価が行われ、いずれか一方または両方でそのテーマが重要(マテリアル)と評価された場合に、当該テーマに関する開示要求(ディスクロージャー・リクワイアメント)が適用される。

これに対し、日本でサステナビリティ基準委員会(SSBJ:財務会計基準機構(FASF)の下に設立された、日本のサステナビリティ開示基準を開発する組織)が2025年3月に確定させたSSBJ基準は、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が策定するIFRS S1・S2基準と同様に、投資家の意思決定に関連するサステナビリティ関連のリスク・機会、すなわちシングルマテリアリティ(財務マテリアリティ)の考え方を採用している。この点が、EUのCSRD/ESRSとSSBJ基準の間で開示の対象範囲が異なる境界条件となっている。

問いの方向性 主な採用制度
財務マテリアリティ(Financial Materiality) サステナビリティ課題が企業の財務に与える影響 ISSB基準(IFRS S1・S2)、SSBJ基準
インパクトマテリアリティ(Impact Materiality) 企業活動が社会・環境に与える影響 CSRD/ESRS(片方の軸として)
ダブルマテリアリティ 上記2軸のいずれか、または両方 CSRD/ESRS

具体例/ミニケース

日本の製造業J社が、EU域内に製造子会社を持ち、CSRDの適用対象となるケースを考える。J社はまず、財務マテリアリティ評価として、原材料価格の変動や炭素国境調整メカニズム(CBAM)等の規制動向が自社の財務状況にどう影響するかを分析した。

あわせて、インパクトマテリアリティ評価として、自社のサプライチェーンにおける労働環境や、製造工程からの温室効果ガス排出が、社会・環境にどのような影響を与えているかを評価した。

評価の結果、温室効果ガス排出については財務・インパクトの両面で重要性が高いと判定され、詳細な開示項目の対象となった一方、特定の生物多様性関連のテーマは、インパクトの観点では一定の重要性が認められたものの、財務的な重要性は限定的と判定された。

このケースが示すように、ダブルマテリアリティの評価では、財務・インパクトのいずれか一方のみで重要と判定されたテーマも開示対象に含まれるため、財務的な重要性のみで判断する場合よりも、開示すべきテーマの範囲が広がる傾向にある。

J社はさらに、評価結果を裏付けるため、社内の各事業部門へのヒアリングに加え、取引先や地域住民など社外のステークホルダーへのアンケートも実施した。

財務マテリアリティの評価は主に経営企画部門や財務部門が担う一方、インパクトマテリアリティの評価には、サステナビリティ推進部門や現場部門の知見が欠かせない。

このように、ダブルマテリアリティの評価プロセスには、社内の複数部門と社外のステークホルダーを巻き込んだ体制構築が求められる点も、実務上の特徴のひとつである。

シングルマテリアリティ・財務諸表上の重要性との違い

ダブルマテリアリティは、企業が開示すべき情報の重要性を判断する他の考え方としばしば混同される。共通点は「何を開示すべきかを判断する基準」という点だが、評価の軸の数や、どの制度が採用しているかで性質が異なる。

概念 評価の軸 主な採用制度・基準
ダブルマテリアリティ 財務マテリアリティとインパクトマテリアリティの2軸 CSRD/ESRS(EU)
シングルマテリアリティ 財務マテリアリティの1軸 ISSB基準(IFRS S1・S2)、SSBJ基準
財務諸表上の重要性(Materiality) 財務諸表の利用者の意思決定への影響という1軸 企業会計基準、監査基準

コンサルティング業務での位置づけ

論点設計(イシュー出し)

サステナビリティ開示関連のプロジェクトでは、クライアント企業がCSRD等のダブルマテリアリティを求める制度の適用対象となるか、また対象となる場合にどこまでの開示準備が必要かという論点整理が初期段階で発生する。コンサルタントは、財務マテリアリティとインパクトマテリアリティの両面から、対応すべき優先テーマを洗い出す役割を担う。

現状分析(As-Is整理)

現状分析のフェーズでは、既存のサステナビリティ開示や統合報告書の内容が、財務マテリアリティ・インパクトマテリアリティのいずれの観点を重視しているかを棚卸しする。既存の開示項目とESRSが求めるテーマ別基準を突き合わせ、不足している開示項目を洗い出す作業が中心となる。

施策設計(To-Be)

施策設計の段階では、財務・インパクトの両軸でスコアリングを行い、重要性が高いと判定されるテーマの候補を整理する。あわせて、評価プロセスをどのように文書化し、ステークホルダーへのヒアリング結果とともに開示に反映させるかという、評価プロセス自体の設計も論点となる。

資料作成(スライド構造)

経営層向け資料では、財務マテリアリティとインパクトマテリアリティを縦軸・横軸に取ったマトリクス(マテリアリティマップ)に、検討対象となるテーマをプロットしたスライドが定番である。

あわせて、近年のESRS対応では、評価プロセスやスコアリングの根拠、重要性の判断理由まで開示する企業が増えていることを踏まえ、テーマの洗い出しから評価・検証に至る評価プロセスを整理したフロー図をあわせて用意しておくことも実務上重要である。重要性の高いテーマと、その判断根拠がひと目でわかる構造にすることで、経営層が開示対応の優先順位を判断しやすくなる。

導入メリットと注意点

ダブルマテリアリティの最大のメリットは、財務的な重要性だけでは見落とされがちな、企業が社会・環境に与える影響を体系的に把握・開示できる点にある。

投資家だけでなく、消費者や従業員、地域社会など幅広いステークホルダーの関心事項を評価に取り込める点も、シングルマテリアリティにはない特徴である。

一方で注意点も多い。第一に、財務マテリアリティとインパクトマテリアリティの双方について評価を行うため、シングルマテリアリティのみを評価する場合と比べて、評価プロセスや必要なデータ収集の負荷が大きくなりやすい。

第二に、インパクトマテリアリティの評価には、社会・環境への影響という定量化が難しい要素の判断が伴うため、評価結果の客観性や比較可能性の確保が課題となる。

第三に、ISSB基準・SSBJ基準とCSRD/ESRSとで採用するマテリアリティの考え方が異なるため、複数の開示基準への対応を求められる企業では、開示内容の整合性をどう確保するかという実務上の調整が必要になる。

これらの点を踏まえ、実務では、評価プロセスの文書化と、ステークホルダーとの対話を通じた妥当性の検証を並行して行うことが原則とされている。

コンサル採用面接で問われる理由

コンサルティングファームの採用面接において、ダブルマテリアリティという用語そのものが直接問われる場面は多くない。しかし、サステナビリティ経営やESG関連のケース面接では、企業が何を重要課題として開示すべきかという論点が問われることがあり、その際に「誰にとっての重要性か」という視点を複数持っているかどうかが、回答の説得力に影響する。

投資家目線の財務的な重要性だけでなく、社会や環境への影響という視点も併せて考えられると、サステナビリティ関連の議論に厚みを持たせやすくなる。

この構造を内面化した思考は、ケース解答における論理展開の質を高める。開示基準の細目まで暗記して面接で披露する必要があるわけではなく、重要性を複数の軸から捉えるという考え方の骨格をおさえておけば、面接官との議論の中で自然に応用できる知識基盤となる。

FAQ

Q1. ダブルマテリアリティとは、どのような考え方か。

ダブルマテリアリティとは、サステナビリティ課題が企業の財務に与える影響(財務マテリアリティ)と、企業活動が社会・環境に与える影響(インパクトマテリアリティ)の両方を重要性判断の対象とする考え方である。

英語表記はDouble Materialityであり、EUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)とその下位基準である欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)において採用されている。財務的な重要性のみを評価するシングルマテリアリティとは、評価対象とする軸の数が異なる点が特徴である。

Q2. ダブルマテリアリティとシングルマテリアリティとは、何が違うのか。

最も大きな違いは、評価する軸の数にある。シングルマテリアリティは、サステナビリティ課題が企業の財務に与える影響という1つの軸のみを評価対象とする考え方であり、ISSB基準やSSBJ基準が採用している。

これに対しダブルマテリアリティは、この財務マテリアリティに加えて、企業が社会・環境に与える影響というインパクトマテリアリティも評価対象に含む。CSRD/ESRSでは、いずれか一方が重要と判定されたテーマも開示対象となるため、開示範囲が相対的に広くなる傾向がある。

Q3. ダブルマテリアリティの評価は、どのような手順で行うのか。

実務における一般的な手順は、まず自社の事業活動に関連するサステナビリティ課題の候補を幅広く洗い出すことから始まる。

次に、各課題について財務マテリアリティ(企業への影響)とインパクトマテリアリティ(社会・環境への影響)の両面からスコアリングを行い、ステークホルダーへのヒアリング等を通じて評価の妥当性を検証する。

最終的に、いずれか一方または両方の観点で重要性が高いと判定されたテーマについて、詳細な開示項目を特定し、評価プロセスとあわせて開示する。

Q4. コンサルティングプロジェクトでは、ダブルマテリアリティはどのように扱われているのか。

コンサルティングの現場では、EU域内での事業展開を行う日本企業や、EU企業のサプライチェーンに組み込まれている企業に対して、CSRD/ESRSへの対応状況を評価し、ダブルマテリアリティ評価のプロセス構築を支援する場面でこの考え方が参照される。

また、既存の統合報告書やサステナビリティ報告書の内容が、財務・インパクトの両軸をどの程度カバーできているかを診断し、開示のギャップを整理する際にも活用される。

Q5. ダブルマテリアリティについて、どのような誤解が生じやすいのか。

よくある誤解のひとつは、ダブルマテリアリティとシングルマテリアリティのどちらか一方が絶対的に優れているという考え方である。実際には、両者は異なる目的を持つ制度の中で採用されている考え方であり、投資家の意思決定に資する情報開示を重視するか、社会・環境への影響の可視化まで含めるかという制度設計上の選択の違いにすぎない。

もうひとつの誤解は、日本企業はダブルマテリアリティと無関係だと考えてしまうことである。実際には、EU域内で事業を行う日本企業やそのサプライチェーンに組み込まれる企業は、CSRDの適用対象となる場合があり、無関係とは言い切れない点に留意する必要がある。

まとめ(実務整理)

ダブルマテリアリティは、サステナビリティ課題が企業の財務に与える影響(財務マテリアリティ)と、企業活動が社会・環境に与える影響(インパクトマテリアリティ)の両方を重要性判断の対象とする考え方である。

EUのCSRD/ESRSがこの考え方を採用する一方、ISSB基準やSSBJ基準は財務的な重要性のみを評価するシングルマテリアリティを採用しており、両者は開示制度の設計思想が異なる点を理解しておくと、国際的なサステナビリティ開示の議論の見取り図がつかみやすくなる。

コンサルティング業務との関係でいえば、財務とインパクトの両軸で重要性を評価する視点が、開示戦略の立案において参考になる。採用面接との関係でいえば、開示基準の細部を暗記する必要はなく、重要性を複数の軸から捉えるという考え方の骨格をおさえておけば、十分な知識基盤となる。

出典

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